脳科学者に学ぶ、成果を出す人の「脳を自在に操る」習慣

やる気はいらない、狂気を磨け

脳科学者に学ぶ、成果を出す人の「脳を自在に操る」習慣

私たちは、仕事や勉強のパフォーマンスが上がらない理由を、「やる気が起こらない」「やる気が不足している」ことに求めがちです。そして「何かやる気が出る方法はないものか」と考え込み、ますますパフォーマンスを落としてしまうことも。

しかし、脳科学者の茂木健一郎氏は、この「やる気至上主義」ともいえる考え方に異を唱えます。茂木氏は著書『いつもパフォーマンスが高い人の 脳を自在に操る習慣』において、次のように述べています。

何かをはじめようとしたとき、実はやる気はまったく必要ありません。むしろ、やる気というのは、ときにパフォーマンスを上げて仕事や勉強するための阻害要因となってしまうことすらあるのです。(13ページ)

意外にも「やる気はいらない、むしろやる気がパフォーマンスを下げる場合もある」というのです。どういうことなのでしょうか?

茂木氏は同書で、「やる気」以外にも、パフォーマンスを下げてしまう要因をいくつか指摘しています。そして、そうした要因を排して、パフォーマンスを上げるための方法も。同書の内容から見ていきましょう。


脳は「やる気」という感情を必要としていない

茂木氏によれば、仕事などのパフォーマンスを維持するために大切なのは「やる気」などではなく、「いつものことを淡々とこなす平常心」だ、とのこと。なぜなら、私たちのパフォーマンスは日々の習慣を適切にこなすことによって成り立っているため、「やる気」という特別な感情は脳にとっては不要なのだそうです。いわば、たまにしか食べない贅沢なデザートのようなもので、ときどき思い起こすぐらいがちょうどいいのだとか。

茂木氏が専門とする脳科学の世界では、「やる気」は次のように捉えられています。

ひとつは、「やらないことの言い訳に使われるもの」。「やる気」とは、それさえ手に入れたら何でもできるという自分に対する甘えにもつながる、やっかいなものだという捉え方です。

もうひとつは、「勝手な自分の思い込み」だということ。つまり、「やる気がないと何もできない」というのは思い込みに過ぎない感情であり、実際のところ「やる気」とは、幻覚のように不確かなものだ、というのです。

このような見方をすれば、「やる気は、パフォーマンスを下げる要因にさえなりかねない」という主張にもうなずけます。「やる気」が自分の上に舞い降りてくるまで行動しないのは、単なる甘えであり、ムダなことなのですね。

「客観性」に取りつかれると判断力を失ってしまう

私たちは、パフォーマンスの評価基準をどこに置くことが多いでしょうか。皆が納得しそうな答えは、「100点満点で75点」「TOEIC800点」といった「点数」でしょう。たしかに点数は、客観的で正当な指標であるように思えます。

しかし、茂木氏はここにも問題を指摘します。日本人は「客観性の病」に冒されているような気がしてならない、というのです。

客観性の病とは、自分ではなく、外部に評価の根拠を求めすぎてしまうこと。その症状は、TOEICのスコアのような、数値化された評価を過大に信奉してしまうことに典型的にあらわれます。点数だけでなく、たとえば「この英語の発音が正しい」というような、一般的に信じられている(と思われる)評価基準を重視しすぎる傾向も含まれます。

たとえば、「TOEICのスコアが満足いくものではないから希望する転職をあきらめた」とか、「正しい発音を身につけていないことを引け目に感じ、英語でプレゼンテーションする機会を辞退してしまった」というような経験がある人は、この病に冒されているのかもしれません。英語ネイティブのように発音できなくても、世界的に大活躍する非英語圏の人は大勢いるのですから。

また、この客観性の病は、人の主観を鈍らせ、自分で判断する能力を失わせる危険性を持っています。茂木氏は、脳科学者らしく次のように表現しています。

この客観性の病に侵されてしまうと、脳にも悪影響を及ぼす危険があるので注意が必要です。自分の主観が鈍っていくということは、前頭葉の判断する能力が衰えていってしまうことです。つまり、客観性に頼ろうとすればするほど、その人の前頭葉は働かなくなってしまうということです。(17ページ)

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