はじめに

トランプ相場で上昇を続けていた株式市場も一服、欧州をはじめ世界の政治情勢も予断を許さない状態が続き、マーケットには、にわかに不透明感が漂ってきました。先行きが読めない状況において、個人投資家が安定した資産運用を行うためにはどうすればよいのでしょうか。

金融市場の動向に詳しいJPモルガン・アセット・マネジメント株式会社のグローバル・マーケット・ストラテジスト國京彬さんと、同社のクライアント・リレーションシップ・マネジャー上山宮子さんに、大切な資産を守る資産運用法をうかがいました。


好材料と悪材料が「綱引き」する相場が続く

――昨年末から上昇一辺倒だった株式市場の雲行きが急に変わり、金融市場は乱高下しています。このまま投資を続けていいのか、不安に感じています。

國京: 現在のマーケットには良い材料と悪い材料が混在し、なにかニュースが出るたびに市場は敏感に反応し、上方向にも下方向にも大きく振られてしまっています。当面は先の見えない相場が続きそうなので、個人投資家がこうした激しい動きについていくことは容易ではないでしょう。

――具体的にはどういった要因が市場を激しく動かしているのでしょうか。

國京: 2016年秋のアメリカ大統領選以降は、トランプ新大統領への期待でアメリカの株式市場は大きく上昇し、それにつられるかたちで日本株も上昇しました。

しかし、期待されたインフラ投資や減税への具体的な道筋が見えてこない失望から、3月には下落に転じました。一方で、景気の底堅さを示す経済指標が多く出ており、実体経済はむしろ強かった。実際、好調な景気にけん引されて、4月には再び上昇に転じています。

ただ、アメリカの好景気はすでに9年目に突入しようとしています。ここからどれだけの上昇幅が期待できるかというと、あまり大きくはない。結局は期待と不安が入り混じり、上昇と下落がずっと綱引きを続けているような状態なのです。

こうしたアメリカの動向に加えて、足元の金融市場は欧州の材料にも敏感に反応しています。特に2017年は、フランスの大統領選に続き、フランス国民議会選挙、イギリスのEU離脱を問う総選挙、ドイツの連邦議会選挙など欧州諸国で重要な選挙が目白押しで、その情勢や結果によってもマーケットが振られる可能性が高いでしょう。

ニュースの影響を個人が判断することは極めて困難

――大きなニュースがあっても、それが株価や為替をどちらの方向に動かすのか今一つよくわかりません。

國京: 残念ですが、個人投資家がその都度判断を下して相場の動きについていくことは至難の業でしょうね。なんらかの材料が出たとき、それ自体が良いか悪いかではなく、「市場参加者がそれをどう評価するか」ということの方が重要である点も、判断を難しくしています。

上山: 金融市場を追いかけることが本当に大好きで、投資自体が趣味という方であれば相場を追いかけるのも楽しいと思いますが、個人投資家のみなさんのなかには、「日々のニュースが相場にどんな影響を与えるのか判断がつかない」という方も多くいらっしゃいます。

國京: そうですね。相場を信号で例えると、青信号が点灯しているようなわかりやすい上昇相場であれば、個別株や株式に投資する投資信託によって利益を得られる可能性が高くなると考えられます。しかし今の相場は、いわば「黄信号」。いつ赤に変わってもおかしくないけれど、青に戻る可能性も十分にあるという判断が難しい状態です。

このような局面でも「青信号の投資」を続けていると手痛い損失を被る可能性が考えられるので、もし黄信号や赤信号に変わっても対応できる投資へと切り替える必要があるでしょう。この黄信号や赤信号に対応するのが「インカム投資」だと考えています。

リスクを抑えながら利益を積み上げる「インカム投資」

――インカム投資とは何ですか?

上山: 「インカム投資」とは、債券の利子や株式の配当に着目した投資のことを指します。一般的に投資というと、安いときに買って値上がりしたときに売る取引をイメージしますが、これは「値上がり益=キャピタルゲイン」狙いの投資と言います。

インカムゲイン狙いの投資とは、キャピタルゲイン狙いの投資のように売買を繰り返す投資ではなく、売らずに保有を続け、利子や配当から得られる利益を積み上げていく手法です。個人投資家の方になじみの深いところでは、配当狙いの個別株買いや預貯金、国債の利子、というとわかりやすいでしょうか。

キャピタルゲインとインカムゲインは同時に取ることもできますが、黄信号や赤信号が灯る局面ではこの「インカム」を着実に積み上げていく投資戦略が有効と考えられます。

國京: キャピタルゲインでどれぐらいの利益を得られるかは事前にはわかりませんし、下落すれば場合によっては損失が出ることになります。予測が不可能な上に、想定される値動きの幅が大きいと非常に不安定です。

これに対し、インカムゲインは事前にどれぐらい得られるのかがある程度わかります。値上がりが狙いにくい局面や先行きが不透明な局面では、こうしたインカムの特性を活かすとよいでしょう。

ただし、いくらインカムゲイン狙いの投資でも、偏った投資は危険です。比較的高い配当が期待される資産クラスや銘柄を厳選し、幅広く分散投資を行って、価格変動のリスクを抑えることが重要と考えます。

――分散して投資すると、リスクを抑えられるのですか。

國京: そうです。例えば、ひとつの企業の株に大金をつぎこんでしまうと、万一倒産したり、不祥事で株価が暴落したりすると大損してしまいますよね。

資産運用を考えるときには、期待される利益よりも「どれくらい損をする可能性があるのか」というリスクを想定することの方がはるかに重要です。損をしたときの損失幅を小さくするためには、投資対象をできるだけ分散する「分散投資」が最も有効的な方法のひとつです。

日本はもちろん世界中のなるべく多くの銘柄に、さらには株式だけではなく債券や不動産、コモディティなど投資対象を幅広く分散することで、資産全体の値動きがゆるやかになりリスクが抑えられていくのです。

――その理論はよくわかりました。しかしリーマン・ショックのときには、「持っていた株も債券も一斉に下落した」と嘆く個人投資家の方がたくさんいましたよね?

國京: 当時、日本の個人投資家にとっては全資産が下落したように見えたと思いますが、その大きな要因のひとつが為替です。こうした金融ショック時には連想が働いて急激な円高になることが多いので、ドルやユーロなどの現地通貨で見ると上がっていた海外資産でも、円換算するとマイナスになる場合があります。

リーマン・ショックでもドルベースでの債券価格は株ほどは下がっておらず、回復も早かったので資産全体の下落幅を抑えるという分散投資の効果はあったと思います。

「保険」をかけて為替変動のリスクを避ける

――なるほど。でも、分散投資の効果まで帳消しにしてしまう為替変動って怖いですね。これでは海外の資産に投資するのが不安になってきます。

國京: おっしゃる通りです。特に相場に赤信号が灯る局面では円高になりやすいので、為替変動による損失が膨らんでしまいます。こうした局面では「為替ヘッジ」している金融商品に投資することが有効であると思います。

――為替ヘッジとは?

國京: 為替レートの変動で、将来的に円換算した際の資産価値が大きく変動するのを避けるようにするしくみです。円高になっても利益が出る取引をしておくことで、資産全体の為替変動の影響を抑えることができます。ただし、為替ヘッジを行うためには一定のコストが必要になります。

――円高になればコストを払う価値は十分あると思いますが、もし円安になったら得られる利益が少なくなり損した気分になりそうです。実際にコストを払うだけの価値はあるのでしょうか?

國京: 為替ヘッジは「保険」と考えるとわかりやすいですね。ヘッジのコストは足元1.5%程度ですが、仮に5%のインカムが狙えるドル建て資産に100万円投資したとしましょう。ドル円相場は統計的に年20%くらい変動する可能性があるので、為替変動だけで120万円になることもあれば、80万円に減ってしまうこともあり得るわけです。

5万円のインカムを狙って手堅く投資したつもりが、為替で20万円も損してしまったら意味がありませんよね。そこで為替ヘッジをすると、1.5%がヘッジコストとして差し引かれますが、残りの3.5%は為替がどう動いても得ることができます。大きな損失を防ぎ安定した利益を得る「安心料」のようなものなのです。