はじめに

ネット証券の先駆けとして業界を切り拓き、グローバルなオンライン金融機関グループとなったマネックス証券。会長を務める松本大(おおき)氏は、伝説のディーラーでもあり、30歳の時にゴールドマン・サックスで当時の最年少ゼネラル・パートナー(共同経営者)にも就任。その約5年後にマネックス証券を起業しました。そして、その松本氏のもとで“修行”し、その後、マネーフォワードを起業した辻庸介。

師弟関係にあった二人には、一流企業で活躍し将来を嘱望されながらも、30代でリスクを恐れず起業の道を選択したという共通点もあります。

若い世代からは「将来が不安でお金の問題にしっかり向き合うことが怖い」という声が聞こえてくることも多い現代。これからの時代、私たちはお金とどう向き合っていくべきなのかを教えてもらいました。


若い頃はとにかく自己投資?

松本大氏(以下、松本): 辻さんが起業したのはいくつの時だっけ?

辻庸介(以下、辻): 36歳です。大さんが起業した年齢と、ほぼ同じですね。大さんはマネックス証券を立ち上げる時、リスクについてはどのように考えていらっしゃいましたか?

松本: 実はあまりそんなふうに考えたことはないんだよね(笑)。「リスクとリターン」とかって考えてしまうと、なにもできなくなってしまうから。僕は基本的に自分のことについては計算しないで前に進むタイプ。お金に関しても、若い頃から計算して考えることはほとんどなかったね。

辻: 僕がマネックスで出会った頃の大さんは30代でしたよね。それ以前は、どんな若者だったんですか?

松本: ものすごく働いていたけれど、当時の給料は使ってばかりでまるで手元には残らなかったね。若い頃から「自分に投資するのが一番いい」と思っていたので、お金を使うことで時間や経験を手に入れることができるのであればそうしたい、と。

辻: 具体的にはどんなことをされていたんですか?

松本: 新卒で外資系証券会社に入社したときは、六本木にあった会社のすぐ近く、歩いていける場所にアパートを借りて。1Kの狭い木造アパートでも家賃が高くてそれが精一杯だったけれど、通勤の時間はもったいないと思っていたので。とにかく会社の近くにいるほうがたくさん仕事もできるだろうと。

経験は買ってでもする

辻: マネックスの頃は、大さんが毎日のように会食されていたのも印象的でした。

松本: そうだね。若い頃からお金は先輩や友人との食事に使ってしまっていたので、給料のほとんどが家賃と食費に消えたかな(笑)。

でも、当時からとにかく自分の経験を増やそうということにすごく関心があった。

会いたい人に会ってみるとか、流行ってる場所に行ってみるとか、食べたことのないものを食べてみるとか、とにかくやりたいことがたくさんあって、それを優先してたね。

辻: その頃の経験ってやっぱり今に活きていますか?

松本: そう、信じたいんだけどね(笑)。

こうして今、事業をするにしても、金融商品に投資するにしても、どんなときも、その頃の経験がベースとなっているとは思うな。

辻: 経験は買ってでもする、ということですよね。わかります。僕はとにかくあらゆる本を読み漁っていました。経営者の方が書いた本をとくにたくさん読んでいましたね。

松本: 僕は小説をよく読むんだけど、小説っていろんな人間関係が描かれているんだよね。だからそこから学べることが多い。

それに人間って唯一、言葉を持つ生き物なんだよね。言葉によって、他人の経験を疑似体験できる。他人が時間と労力をかけて学んだことを言葉で共有し、蓄積して、自分の力にできるってすごいよね。

人と会って話をすると、その人の考え方や経験を擬似体験できるし、本を読むと知識を得ることができる。これが蓄積されていくことって重要だと思うよね。

お金は「天下の回りもの」

辻: そういえば実は僕、28歳で不動産投資をしたんですよ。人から話を聞いているうちに、好奇心が湧いて、8,000万円のフルローンで投資用物件を買いました。利回りや金利、ローンなど数字と仕組みについて考えることはすごくおもしろかったですね。

松本: それはすごいね。20代で8,000万円って。

辻: いえいえ、大さんが行っていたトレードなんてケタがまったく違うじゃないですか。最大のポジションってどれくらい持たれていたんですか?

松本: 金利の先物だと兆円単位、普通の債券でも1千億とか……。

辻: 想像つかないですね(笑)。仕事で動かす金額と私生活でのお金ってまったく単位が違うじゃないですか? 感覚ってどうなるんですか?

松本: 仕事は仕事なので。僕はそれによって私生活の金遣いが荒くなるとかってことはまったくなかったけれど、勘違いしてしまうような人も中にはいると思う。

でも僕は、そもそもお金って「天下の回りもの」だと思っているので、動かさないと意味がないと思うんだよね。自分だけのものじゃなく、社会全体の財産なので、自分のところにやってきた時に眠らせてしまったら価値がなくなる気がして。

タンスのなかとか、どこかに置いてあるままだと「社会財」にならない。「お金は回して活かさないと!」ということは常に思ってますね。

自分の分身を世界に置く

辻: お金を社会財にする手法のひとつが投資だと思いますが、「投資は怖い」という声も聞きます。なぜ踏み出せない人が多いんですかね?

松本: 投資をお金儲けの手段だと思うから、リスクが気になっちゃうんだよね。失敗したら嫌だとか、減らしたくないと思ってしまう。

でも投資のメリットって、お金を増やすことだけじゃないんですよ。僕は、投資は「自分の“分身”をいろんなところに置くこと」だと考えています。

例えば、自分は一人しかいないけれど、興味ある会社や、挑戦してみたかった仕事、行ってみたい国がたくさんある。でもすぐには叶えられないから、投資というかたちでその会社の株を買って疑似体験していると考えることができる。

今、アメリカで暮らすことはできなくても、米国株に投資して自分のお金を分身として「出稼ぎ」に出すようなイメージだね。

そして、お金という分身を置いている以上、気になって積極的に情報収集もするようになるので、興味や知識の幅が一気に拡がっていくよね。

辻: なるほど。僕もマネックス証券が米国株に力を入れ始めた時に、アマゾンの株を買ってみたんですけど、正直、投資する前後では興味の度合いがまるで変わりましたね。

アマゾンの戦略はもちろん、アメリカの経済や消費・流通の動向、日本との違いについても以前より興味が湧いて、視野が本当に拡がった気がします。その株自体も随分値上がりして、結果的に利益も出ているんですけど、それ以上のメリットを実感しています。

松本: 僕もよく英字のニュースやメディアを読むけど、米国株に投資してなかったら、忙しいなかで、その時間はなかなか取れないと思うな。

投資はそれだけ興味の幅を拡げるきっかけになるし、今、英語が苦手という人でも挑戦する意欲が湧いてくるんじゃないかな。情報に対しても貪欲になれるんだよ。