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2018.03.11

「ダンボルギーニ」が震災復興の象徴になったワケ

石巻の梱包会社が広げる地域と防災の可能性

「ダンボルギーニ」が震災復興の象徴になったワケ

「ダンボルギーニ」をご存知でしょうか。ダンボールでつくるランボルギーニ。「3・11」で被災した宮城県石巻市の梱包会社によるプロジェクトです。遊び心とチャレンジ精神あふれる取り組みは全国で大きな反響を呼び、震災復興の象徴だと注目を集めるようになりました。その裏には地域への熱い思いと、防災の可能性を広げるメッセージも込められています。


避難所で活用されたダンボール製品

3月9日、仙台市で開かれた防災セミナーに「今野梱包」の今野英樹社長が登壇しました。

「あのダンボルギーニの…」と司会者に紹介され、会場の一角にはピンクのミニチュアサイズが展示されてインパクトは十分。しかし、本人はあえてダンボルギーニを“封印”して、避難所や仮設住宅でのダンボールの活用例をプレゼンテーションし始めました。

「もともとあまり仕事がなかったとき、誰に頼まれるわけでもなく震災対策を始めたんです。阪神・淡路大震災の神戸の避難所などを見て、何かダンボールの特性を生かしたお役立ち商品をつくれないかと」

今野梱包の今野英樹社長

ダンボール製の間仕切りや仮設家具などをつくっては、各地の自治体に売り込みに回った今野社長。頭にあったのはこの地域を繰り返し襲ってきたM(マグニチュード)7程度の「宮城県沖地震」でしたが、実際には想定を遥かに超える東日本大震災が発生、仙台市や石巻市中に開設された避難所で同社の製品が活用されることになります。

「臨時教室にダンボールのロッカーを持ち込むと、子どもたちが『このダンボールつえぇ!』と言って上り始めた。想定外だったけれど、それで強さを実証してもらえた。仮設校舎に入れた収納棚は、引き手の穴を単純な楕円じゃなくてニッコリ笑ってるような形に。そうしたら『笑顔がいっぱいある』と学校の先生が涙を流して喜んでくれた」

震災後の臨時校舎に導入したダンボール製の棚について語る今野社長

今野社長はこんなエピソードと写真を紹介しながら、ダンボルギーニにもつながる発想の源をこう明かしました。

「われわれの会社だからできることを突き詰めて、地域の人たちの『こんなものができないか』というアイデアを形にしていきたい。そうやって地域に根ざすことが新しい防災にもつながるのではないか」。

強化ダンボールに将来性見出す

1973(昭和48)年、宮城県石巻市に創業した今野梱包はもともと、木製パレットや木箱を扱う梱包会社でした。しかし、3代目の英樹社長は木より軽く、省資源化につながるダンボールに将来性を見出しました。

アメリカで開発された「トライウォール」は、3層構造で強度や耐水性を高めた究極の強化ダンボール。まだ東北で誰も扱っていなかったこの素材に惚れ込んだ今野社長は、億単位の工場設備を先行投資。米国トライウォールコンテナーズ社に猛アピールして2005年、東北・北海道地区で初の正規代理店に認められました。

しかし、すべてがゼロからの新事業。最初はどこからも依頼がありませんでした。今野社長と数人の社員は、工場の片隅でダンボール製の家具や造形物を試作。職人肌の社員らはCADやカッティングマシーンも使いこなし、1枚のダンボールから思い思いのモノを創造できるように。「リーマンショックでまったく仕事がなかったとき」は高さ3mほどのガンダム似のロボットを精巧に作り上げました。

営業に営業を重ね、やがて本来の梱包の仕事も得られるようになります。「家庭も顧みず、がむしゃらに動き回った。初めからできることに投資してもだめ。誰もやっていないことを新しく始めて、市場を切り拓いていく」

そんなポリシーを持った今野社長を中心に、社員が一丸となって突き進んだダンボール事業は徐々に軌道にのり、借金の返済にもめどがつき始めました。そんな矢先に襲いかかってきたのが「3・11」でした。

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