はじめに

まもなく本格的な春の登山シーズンを迎えます。大自然の中を1つの目標に向かって一心不乱に進む登山は、都会の喧騒に疲れた頭と心を大いにリフレッシュさせてくれます。

そんな登山というアクティビティを“アップデート”しようという試みが始まりました。提唱するのは、登山アウトドア愛好家が集まるコミュニティ・プラットフォームで国内最大手の「ヤマップ」というベンチャー企業です。

この試みに賛同し、同社に今回出資したのは、登山用品の小売りで国内最大手のICI石井スポーツなど14社。出資総額は約12億円に上ります。

「日本の登山をアップデートする」という耳慣れないフレーズ。ヤマップは調達資金を使って、どんな事業ビジョンを描いているのでしょうか。


月間ページビューは1億弱

「まだまだ登山アウトドアはマイナーなアクティビティ。でも、都市化が進む現代社会においては、携わる人はもっと広がると思っています。登山をアップデートする形で事業を成長させていきたい。そのための事業連携を、今回の資金調達を通して進めていきたい」

4月13日、東京都内で開いた記者会見で、ヤマップの春山慶彦社長はこう力説しました。今回、同社が実施した第三者割当増資に応じた14社には、前出の石井スポーツのほか、九州広域復興支援ファンドや地銀系ファンド、森永製菓などの名が並びます。

2013年3月に創業したヤマップにとって、今回の資金調達はステージBに当たります。創業から5年余りで、会社と同名のアプリはダウンロード数が82万に到達。月間ページビューは1億弱、フェイスブックの「いいね!」ボタンに相当するユーザーアクション数は2015年以降、右肩上がりとなっています。

同社アプリの特徴は、携帯電話の電波がつながらない山の中でも、スマートフォンで現在位置がわかる点。山で撮ったアウトドアの記録を簡単に共有できる「山のSNS的な機能」(春山社長)も併せ持っています。

これまでは大々的なプロモーションはしてきませんでしたが、今回調達した資金の一部を広告宣伝に投じる構えです。具体的には、高尾山や上高地など登山家の多い場所で、ヤマップをダウンロードすることで山の楽しみや安全性が高まる、というような内容を告知していくといいます。

広義の登山愛好家を1億人に増やす

しかし、春山社長が今回の資金調達で目指したのは、単なる広告宣伝費の獲得だけではありません。12億円調達の先に見据えるものこそ、冒頭でも触れた「登山のアップデート」という構想です。

総務省の調べによると、日本の登山人口は2016年現在で1,000万人といわれています。この数を、2022年までに2,000万人まで引き上げるとともに、登山とランニング、自然観光、山ごはん、教育などを組み合わせた「広義の登山」を、外国人観光客も含めた1億人が楽しむような環境を創出するのが、春山社長の考えるアップデートなのです。


登山のアップデート構想について力説する、ヤマップの春山社長 

そして、そのための具体策として、石井スポーツとの各種連携策を進めていく考えです。たとえば、ヤマップと石井スポーツの会員機能やEC(ネットショッピング)基盤での連携、共同でのイベント立案などが検討されています。

「アクティビティはリアルな現場で行われるので、山でのイベントや店舗での講習会など、リアルでの展開も協業しながら広げていきたい。今、登山をやっている人だけでなく、興味のある人たちの裾野を広げていくような活動をやっていきたい」と、春山社長は意気込みます。

石井スポーツが二人三脚を選んだ事情

今回の総出資額12億円のうち、最多の金額を出資したのは石井スポーツです。当然、出資する側にも相応の思惑はあります。

石井スポーツでは、たとえば顧客とのコミュニケーション手段がチラシやDM主体で、アプリなどのチャネルが十分に活用できない、あるいは、実際の山には若い登山者がいるのに、同社の売り上げ構成では若い世代が多くない、などの課題を抱えていました。

「ヤマップのテクノロジーや若い力と、石井スポーツが積み重ねてきた経験、歴史、お客様を融合することで、より多くのお客様に山を楽しんでいただけるサービスがスピード感をもって提供でき、これまで以上に山を盛り上げていけると確信しています」(石井スポーツの荒川勉社長)

連携策の一部はすでに形になっており、本格的な春山シーズンを迎えるゴールデンウィークまでには第1弾を始めたいとしています。「石井スポーツの店舗で商品を買うと、ヤマップ会員は何千円かオフになるなど、わかりやすいメリットが出る形で準備を進めている」(ヤマップの春山社長)そうです。

ヤマップには、3つの実現したいことがあるといいます。1つは、21世紀以降の人類にとって最高にクールな遊びとなるよう、登山アウトドアを成熟させること。2つ目は、情報技術を駆使して、安心安全に登山を楽しめる仕組みを作ること。3つ目が、登山を通して地域経済に貢献し、人類の健康寿命延伸にも寄与すること、です。

壮大なアップデート構想を前にして、ヤマップの現状はまだ1合目付近。「ヤマップのキャッシュフローを支えていくのが、われわれの使命」と語る石井スポーツとの二人三脚で、どこまで山登りのピッチを速められるか。初めの一歩が気になるところです。

この記事の感想を教えてください。