はじめに

株価や為替レートなどは、基本的にはその国の経済動向や金利水準、企業業績等に連動します。でもたまに、世界のどこかで紛争が起きたり、緊張が高まったときにも大きく動くことがあります。

こうした紛争などの「心配ごと」を総称して「地政学リスク」と言います。今回は今ある地政学リスクを整理してみましょう。


世界の経済に影響がなくても気にしておこう

地政学リスクには、日本や世界の経済に影響を与えるものとほとんど関係ないものがあります。この2、3年に話題となった中では、米大統領選や英国のEU(欧州連合)離脱、最近の米中通商摩擦などは前者の例でしょう。

一方で、北朝鮮問題は欧米の経済には関係なさそうですし、戦争に発展しない限りは日本への影響も限られているようにも思われます。でも、ミサイル発射のたびに、円高に動いたりしますよね。

地政学リスクのポイントは、市場心理に影響を与えることです。

ある地域で緊張が高まると、市場心理が冷え込む「リスク・オフ」と呼ばれる展開となり、株安・金利低下となるほか、「有事の金」「有事の円」として金価格上昇、円買い→円高となりやすいことが知られています。逆に緊張が緩むと「リスク・オン」となり、反対の動きになります。

北朝鮮動向:米中首脳会談直前が安心ピーク?

地政学リスクでまず注目されるのは、北朝鮮動向です。2017年は、北朝鮮がミサイル実験や核実験を繰り返し、それに対して各国が非難声明を出し、国連が追加経済制裁措置を決議、お互いに非難を繰り返していました。

それが今年3月以降は、米中首脳会談合意や北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)委員長の訪中などが続き、平和的解決への期待が高まりつつあります。この一連の動きが市場に安心感をもたらし、4月に入って円安となっている理由の1つだと思われます。

今週は、金委員長の2回目の訪中や日中韓首脳会談がありました。しかしカギとなるのは、6月上旬までに開かれる予定の米朝首脳会談です。

会談がどのような結果になるのか、当事者ではない私たちにはまったくわかりません。しかし開催されるまでは、期待が徐々に高まり、安心感が広がる形で円安・株高方向に働く力の1つとなりそうです。

原油価格:シリアとイランは綱引き状態

中東では過去何十年も何回も「心配ごと」が続いています。シリア紛争は長期化していますし、イエメンでも紛争が続き、イスラエルをめぐっても米国が大使館をエルサレムに移すとして周辺国に波紋を呼んでいます。

どれも地政学リスクですが、市場にとって重要なポイントは「今後数ヵ月で変化が出そうか」「突然変化が出そうなところはあるか」です。解決に向かわなくても、変化がないのであれば、当面の市場には関係ないといえます。

その意味で動きがあるのが、イランです。今週、米国がイランと欧米6ヵ国が結んでいた核合意から離脱し、経済制裁を再開すると発表しました。数日前からその可能性が報道されていたため、警戒感から原油価格はすでに上昇しています。

まだ米国だけの動きなので、日本や欧州が追随しなければ、原油価格は数週間で落ち着く可能性があります。しかし、各国が追随した場合は、原油価格がさらに乱高下する可能性があります。

シリアに関しては、化学兵器使用疑惑から米英仏が4月にミサイル攻撃を実施しましたが、ロシアが動かず、攻撃も1回限りだったため、不透明感もそれ以上は悪化していません。

もちろんまだどうなるかわかりませんし、まだまだ長期化する可能性もありますが、「変化が起きそうか」という観点で言えば、米国とロシアが(表面上は)新たな動きを見せていないように見えますし、「今は関係ない」とも言えます。

原油関連では、南米の産油国ベネズエラも深刻な経済危機に陥っています。しかし、原油生産規模が小さいことや重質油で重要度が高くないこと、経済危機も数年前から起きていることなどから、今のところ原油価格の変動要因としての影響度は小さいようです。

心配すればキリはないが、変化なければ安心に

地政学リスクは他にも数多く、解決の見通しが立たずに長期化しているものも少なくありません。しかし、解決の可能性がなくても変化がない場合は市場に安心感が広がり、市場心理回復→円安・株高に向かうので、「何も起きていない」「何も起きなさそう」という確認も、為替や株価の見通しを考えるうえで重要なポイントとなります。

英国のEU離脱

手法により、英国・EUだけでなく、現地に進出している企業や貿易相手国にも影響がありますが、現時点でどうなるか方向性はまったく見えません=今は変化なし

EU難民問題

欧州各国で政治問題化しましたが、昨年に英仏独など主要国の選挙が終了。EUの枠組みや経済政策に影響が出ることは回避されています=今は変化なし

中国

GDP(国内総生産)世界2位の経済大国であり、政治・軍事的にも影響が大きいのはご存じの通り。米国と通商政策で対立、南シナ海進出問題、民間部門の債務問題、不動産バブル懸念、経済急減速リスク、為替動向など懸念はいくつもあります。しかし、現在は政治も経済も(表面上は)安定しており、急に何かが問題となる状況ではなさそうです=今は変化なし

ロシア

欧米からの経済制裁を受けて経済不安を抱えていますが、軍事面で数多くの紛争で欧米などと対峙することもあり、原油・天然ガス供給面で欧州の一部に影響を与えています。シリア問題を含めて何か変化がないか注視しておく必要はありますが、現時点に限れば、今のところ大きな変化が出る局面ではなさそうです=今は変化なし

(文:松井証券 ストラテジスト 田村晋一 写真:ロイター/アフロ)

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