はじめに

各国の経済指標が、市場予想を軒並み下回り始めました。緩やかな景気回復と低金利が作り出した「適温相場」の余韻も、いよいよ終わりに差し掛かっているのでしょうか。


“ネガティブ・サプライズ”が続く中国

経済データの市場予想と実績の差を表す「経済指標サプライズ指数」は、米国を除き軒並みマイナスとなっています(下図)。特に落ち込みが激しいのが中国です。

年初はむしろ事前予想を上回る指標が多かったのですが、3月以降、急速に落ち込んでいます。つまり、市場のエコノミストやアナリストが想定していなかったような悪い経済指標が出始めているということです。

たとえば、5月の小売総額は前年同月比+8.5%と、引き続きうらやましいような高水準の伸びにも見えますが、ネット通販など急速に伸びている項目があるため、市場は9%台の伸びを予想していました。

自動車販売額が前年同月比▲1.0%とマイナスに転じたことや、接待費の規制強化で外食なども大きく減速しました。特に、内需の伸びが減速してきたことが気がかりです。

このような中で勃発したのが、米国との貿易摩擦です。中国の貿易依存度は30%前後と高く、現在は輸出が年率6~7%の強い伸びを続けていることが高いGDP(国内総生産)成長を支えています。貿易が落ち込めば、内需の減速に拍車をかけるでしょう。

株安の裏で不動産価格は不気味な上昇

こうした流れから、先週金曜日、中国上海株指数は1年8ヵ月ぶりの安値をつけました。ところが、同じ日に発表された5月の新築住宅価格の前月比上昇率は+0.8%と、約1年7ヵ月ぶりの高水準となりました。値上がりした都市数は主要70都市のうち61都市と、4月と比べて3都市増えました。

中国の住宅価格上昇に伴うさまざまな問題も深刻化しています。中国と北朝鮮との国境の丹東市のマンション価格は、4月末に1週間で50%上昇しました。先月末に杭州で発売された新築マンションでは、販売100戸に対し1万人が押し寄せ、けが人が出る騒ぎになりました。

男性が女性より3,300万人も多い中国では、男性のプロポーズのハードルが一層高くなっており、墓地の値段まで暴騰し、死ぬに死ねないなどとも報じられています。

この2年で中国政府は不動産投機の抑制政策を取っていますが、こうした投機熱は収まりません。にもかかわらず先週、中国人民銀行は市場の利上げ予想に反し、金利を据え置きました。近々、預金準備率も引き下げて銀行融資も促進するとみられています。

中国の次の一手は?

1980年代、同じく貿易で成長していた日本は、プラザ合意による主要国の協調介入で円高に苦しみました。中国が日本と異なるのは、おそらく潜在的な経済余力でしょう。

当時の日本もGDPでは世界第2位、東京証券取引所の時価総額は一時ニューヨーク市場を抜いて世界一となりました。しかし、どんなに成長しても、人口はせいぜい米国の半分の国です。

一方、中国は米国の4倍の人口。かつ、Eコマースの発展で、かつての日本に比べてイノベーションのすそ野が広い印象です。

潜在的な成長余力を背景に強硬措置に打って出る自信があるはずですから、ここまでの応酬に発展した以上 、米国に対し中国が下手に出て譲歩する可能性は低いと思われます。米中貿易摩擦は、7月6日の25%の追加関税の発動ぎりぎりまで続くと思われます。

では、仮に米中で互いに高関税をかけあった場合、中国経済はどの程度落ち込むのでしょうか。中国のGDPに占める外需の割合は約3割で、最大の相手国は米国です。仮に現在の規模の追加関税が課された場合、中国のGDPを0.2~0.3ポイント程度押し下げると試算されています。

IMF(国際通貨基金)の予想が6.6%成長ですから、6%程度まで低下します。しかし、そもそもの経済規模が大きいことから、金額でみれば、スイスやスウェーデン1ヵ国分のGDPくらいの成長幅です。

長期的には内需主導への転換点

米国との貿易不均衡問題は、中国にとって長年の課題でした。1980年代の日本と同様、新興国が外需主導で成長を図れば、他国からの反発は避けられません。トランプ政権のような過激な案が提示されなかったとしても、遅かれ早かれ外需依存からの脱却を迫られたことでしょう。

今回の問題を機に、中国は内需シフトにアクセルを踏むことになるでしょう。足元では、これだけの住宅価格の行き過ぎを容認し、金融緩和を続けるとみられます。政府の財政にも比較的余裕があるので、再び財政支出で底上げを図ることも可能でしょう。

こうしたさまざまな施策のおかげで、米国が提示している追加の輸入関税が発動したとしても、中国経済の成長鈍化や世界景気に対する想定外のサプライズはないと思われます。株価の動揺が続いていますが、早晩収束に向かうでしょう。

(文:マネックス証券 チーフ・アナリスト 大槻奈那)

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