はじめに

サッカー日本代表の快進撃で盛り上がったFIFAワールドカップ。日本以外にも格下とみられていたチームが強豪国を破るなど、大混戦の様相を呈しています。また欧州各国のチームには、移民の子孫の選手がエースストライカーとして華々しい活躍をした例もありました。

決勝トーナメント1回戦屈指の好カードと言われたアルゼンチンとの対決を制したフランスで、今大会のMVP候補などと評されるキリアン・エムバぺ選手も輝きを放った一人です。本人はパリ生まれですが、両親はいずれもアフリカ系。父親はカメルーン出身のサッカー選手で、母親はアルジェリア出身のハンドボールのプレーヤーでした。

日本との対戦で脅威となったベルギーのセンターフォワード、ロメル・ルカク選手もコンゴ民主共和国系の選手。代表チームのメンバー構成はさながら社会の縮図といえそうです。

6月下旬にベルギーのブリュッセルで開かれた欧州連合(EU)の首脳会議でも、中心議題となったのは移民・難民への対応です。急増する難民の受け入れなどをめぐり、夜を徹して激論が交わされました。


徹夜の激論で手にした「脆い合意」

その結果、EU域内に保護が必要な難民なのかどうかを選別するための施設を設置するだけでなく、域外にも「上陸プラットフォーム」と呼ばれる入国管理施設を設立する可能性を模索することなどで合意しました。

域外に施設を設けるのは、地中海を渡ってEU域内へ入国する難民の安全確保が主な理由です。地中海経由で入国する難民の数は2015年に入って急増。100万人を突破しました。

その後は減少傾向にありますが、渡航時に乗っているボートが転覆するなどのケースが現在も後を絶ちません。渡航を斡旋する業者も横行しており、北アフリカ諸国などに施設を設けることでリスクを抑えようというわけです。

しかし、モロッコはすでに施設の設置を拒否する意向を表明。今回の会議でも合意には至ったものの、どこの国に管理施設を設けるのかといった具体案については踏み込まずに先送りしました。域内の施設についても加盟国間の「押し付け合い」に終始した感が強く、フランスの新聞「ル・モンド」の電子版は「脆い合意」と伝えています。

鬱積するイタリア国内の不満

「欧州サミット」で“主役”になったのはイタリアです。

EUに懐疑的な左派政党の「五つ星運動」と、移民排斥を唱える極右政党「同盟」の連立政権が6月に発足。サミットデビューのジュゼッペ・コンテ首相は他国に対して難民受け入れの分担を強く求めました。その裏には、自国だけがなぜ多くの難民を受け入れなければならないのか、という国内に鬱積する不満があります。

会議の直前には、イタリアと隣国のフランスが激しい非難の応酬を繰り広げました。「同盟」の党首を務めるマッテオ・サルヴィニ内相は「フランスが傲慢な態度でイタリアを難民キャンプに変えようとするならば、それはイタリアにチップを渡しておけばいいとの誤った発想だ」などと、フランスのエマニュエル・マクロン大統領に批判の矛先を向けました。

「脆い合意」が行き着く先は?

「脆い合意」にとどまった根底にあるのは、難民の受け入れに対する加盟国間の温度差です。欧州メディアの報道などによると、ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキアの「ヴィシェグラード4ヵ国」は強硬派。難民を受け入れないという立場です。

一方、フランスとスペインはEU域内での難民審査施設立ち上げの必要性を唱えていますが、自国への設置には消極的です。

EUのリーダー国であるドイツは、2国間の枠組みで難民流入を抑制する姿勢を打ち出しています。最初に難民の到着した国が取り扱いに責任を持つことを定めた「ダブリンルール」に基づき、ギリシャ、スペイン両国からドイツに流入した難民を送還することで個別に合意したと発表しました。

両国以外にも14ヵ国と送還の取り決めを交わしたとされていますが、合意したとされる14ヵ国に含まれているポーランド、ハンガリー両国はそれを否定。了解を取り付けられるかどうかは流動的です。

ドイツでは難民の「2次的移動」への対応をめぐって、メルケル政権の分裂も表面化。土壇場でなんとか危機は回避されましたが、混乱で同首相が負った傷は深く、EUにおける指導力低下が懸念されています。

「祖先の代から欧州で暮らす人々と移民・難民の共存が可能なのは、サッカーの世界だけになってしまうのだろうか」。サミットを受けて、そんな思いを抱いた欧州市民も少なくなかったかもしれません。

(写真:ロイター/アフロ)

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