はじめに

6月中旬から1ヵ月にわたって熱戦が繰り広げられたサッカーのFIFAワールドカップは、フランスがクロアチアとの欧州勢対決を制し、20年ぶりの優勝を遂げました。

フランスのブリュノ・ル・メール財務相は決勝戦の4日前に地元のテレビ局「フランス2」で、「GDP(国内総生産)への影響がどの程度になるかはわからないが、経済成長にはプラス」などと発言していました。

しかし、今のところ、国内では20年ぶりの戴冠による「景気の押し上げ効果は限定的」(フランスの新聞「ル・フィガロ」の電子版)と受け止められています。

「レ・ブルー(サッカーフランス代表の呼称)」が初の世界一の座に就いた1998年のGDPは3.6%増。1991年から1997年までの平均伸び率が1.4%にとどまっていました。それを踏まえると、今回もW杯特需への期待が高まるのもむべなるかな、というところでしょう。

もっとも、1998年は自国開催。海外からの観光客流入や施設建設などのインフラ投資が国内景気を刺激した可能性が大きいとみられます。


世界最大の見本市でも熱視線

実はビジネス界でも最近、フランスの活躍が目立ちます。今年1月に米ラスベガスで開催された国際家電見本市(CES)。世界で業界最大規模の同イベントに参加したスタートアップ企業で関心を集めたのがフランス勢。出展数は約280社と過去最高でした。

フランスのスタートアップ企業の展示ブースなどに掲げられていたのは、赤いニワトリのデザインが施されたロゴ。これは同国政府が2013年末から推進するIT企業を中心としたスタートアップ支援のためのブランド戦略である「フレンチテック」のシンボルマークなのです。

主役であるスタートアップを志す企業をはじめ、政府、商工会議所、投資家、金融機関などさまざまな会社・組織をネットワーク化し、「金の卵」の発掘・支援を効率的に行おうというのがフレンチテックの特徴。このネットワークは、いわゆる「エコシステム(生態系)」と呼ばれるものです。

フレンチテックのブランドの下、フランス企業の国際展開とともにフランスへ進出する海外企業も支援。フランス進出を計画する日本のスタートアップ企業に対しても、労働許可の手続きを国内で済ませられるようにするなどの優遇策が講じられています。

2015年10月には「フレンチテック東京」のキャンペーンが始動。記念式典への出席で来日したエマニュエル・マクロン経済産業デジタル相(当時、現大統領)は英語でフリーのスピーチを行い、フレンチテックの国際化へ向けて強い意欲を見せました。

実は深い、フランスとITの関係

ただ、「フランスとIT企業」といってもいま一つ、ピンと来ないかもしれません。日本においてフレンチテックの拠点づくりに奔走し、現在はスタートアップ支援のNPO団体、ハロー・トゥモロー・ジャパンの代表理事を務めるジャン-ドミニク・フランソワ氏は、こう指摘します。

「テクノロジー関連の企業がフランスにはもともと多かったのですが、ニッチな市場でビジネスを手掛けているケースがほとんど。米アマゾンやグーグルなどの世界的な企業と手を携えることはありませんでした」

フランスといえば、日本ではワインや料理、ファッションなどのイメージが先行しがちですが、50余りの原発を支える原子力工学の研究や数学などの分野で秀でた人材を多数輩出しています。

日本に進出している外資系金融機関のオフィスに足を運ぶと、派生商品(デリバティブ)関連の部署にはフランス人の姿が少なくありません。これも数学に強い人の多い証し。つまり、フランスにはもともと、IT関連ビジネスの領域での起業につながりやすい土壌があったともいえます。

そうした中、「エコシステムができ上がったことで、投資家側にとっては対象が可視化されました」(フランソワ氏)。フレンチテックというブランドが、スタートアップ企業を支援する「エンジェル投資家」と起業家の橋渡し役になったというわけです。

フランス叩きの緩和にも効果

「フレンチテックは英米両国などによる“フレンチバッシング(フランス叩き)”の緩和にも寄与しました」。そう話すのは、スタートアップ企業支援などを手掛ける仏ウィーアー・パシフィックのアドリアン・ピション駐日代表です。

欧州委員会統計局によると、フランス政府がフレンチテック推進に本腰を入れ始めた2013年の25歳以下の同国失業率は24.9%(生産年齢人口ベース)。お隣のライバル国・ドイツの7.8%を大幅に上回っていました。

労働市場の硬直化などを背景に、若者の4人に1人が職に就けない状態。2012年に就任したフランソワ・オランド前大統領の支持率も急激に落ち込み、経済・政治の両面でフレンチバッシングを甘受せざるを得ない状況だったのです。

マクロン大統領は自著『革命』(ポプラ社刊)の中で、「私はイノベーションと投資に重きを置いた、野心的な産業振興政策をつくりだそうとした」と経済産業デジタル相時代を振り返ります。

2017年の若年層の失業率は22.3%まで低下。フレンチテックの浸透がどこまで奏功したのか読み切れない面はありますが、少なくともバッシングにさらされていた同国のイメージ改善をもたらしたのは疑いなさそうです。

(写真:ロイター/アフロ)

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