はじめに

映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』には、東インド貿易会社という敵組織が登場します。モデルになったのは、実在の企業「イギリス東インド会社(※通称EIC)」です。1600年に設立されたこの企業は、やがて世界の海を牛耳り、インドの植民地支配を行うまでになりました。

EICの設立に触発されて、北海を挟んだ隣国オランダではオランダ東インド会社(※通称VOC)が設立されました。VOCが世界初の株式会社だったことは、連載第10回の記事でご紹介した通りです。

ならば――、株式会社じゃなかったのなら、イギリス東インド会社とは何だったのでしょうか。

結論からいえば、オランダに遅れること60年後の1662年、EICも有限責任制を備えた株式会社に転換しました。それでも、設立から半世紀以上も株式会社ではなかったわけです。また転換後も、現代の水準で考えた場合の株式会社とはかなり性質の違う組織でした。

EICはいったいどのような組織だったのでしょうか?


イギリス人、スペイン無敵艦隊を破る

イギリス東インド会社誕生の前史から、ざっくりと復習しましょう。

1492年にコロンブスが新大陸を発見後、1494年にスペインとポルトガルの間でトルデシャリス条約が結ばれました。これは西アフリカのセネガル沖を境界として、西側すべてをスペイン、東側すべてをポルトガルが領有できるとしたものです。当時、両国は競うように遠洋航海を行っており、新たに発見された島や大陸――新世界――がどちらのものか、紛争が絶えなかったのです。地球の広さがまだ不明瞭だったため、こんな条約が結ばれてしまいました。

ヨーロッパ以外の全世界を二つの国で等分してしまうという、何とも大雑把な条約です。言い換えれば、この時代に遠洋航海する技術を持っていたのは、この二国ぐらいのものだったのです。16世紀の海はスペインとポルトガルのものでした。イギリスもオランダも、まだ海洋冒険の表舞台には登場しません。

流れが変わったのは、1588年の「アルマダの海戦」でした。イギリス侵略を目論むスペインの無敵艦隊を、エリザベス一世と海賊フランシス・ドレークの率いる英国海軍が打ち破ったのです。このとき、英国側の王室海軍には34隻しか軍艦がなく、民間企業や個人から163隻の船をかき集めて、何とか勝利を収めました。

スペインはこの戦いで、ガレー船やガレアス船という大量の〝漕ぎ手〟を要する船を用いました。対する英国は、多数の大砲を積んだ船で迎え撃ちました。当時は相手の船に乗り込んで戦う〝ボーディング〟が一般的な戦術であり、兵力ではスペイン側が圧倒的に有利でした。しかし水に浮かべた歩兵部隊よりも、水に浮かべた大砲のほうが強いことが、この戦いで証明されたのです。海上での戦術を変えた一戦としても見逃せません。

アルマダの海戦に勝利したことで、イギリスは海洋覇権国家への第一歩を踏み出しました。一方、それから10年も経たないうちにオランダはアジアへと商船を送り、1596年にはジャワ島への航海に成功しました。この成功に驚き、イギリスでは1600年にEICが結成されました。以前の記事に書いた通りです。

続く17世紀には、イギリスとオランダの船が世界を駆け巡ることになります。

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