はじめに

今年も残すところ、2週間ほど。この1年、さまざまな経済事件が世間を騒がせましたが、夏以降に話題となったのが、他人の土地を利用して詐欺を働く「地面師」による犯罪です。積水ハウスやアパホテルなど不動産のプロがだまされたことから、多くのメディアで取り上げられました。

自分には縁がないニュースととらえた方も少なくないと思いますが、実はそうでもないのです。地面師グループのターゲットは数十億円規模の物件だけではありません。ごく普通の一戸建てでも、場所が良ければ数千万円クラスの物件もターゲットになっています。

近くにランドマークができて突然一等地になってしまったような場所や、再開発の対象になりそうな場所に実家がある。しかも、そこには年老いた親が1人で住んでいて、訪ねていく機会も多くない、あるいは空き家になっているとなると、格好のターゲットです。

気づかないうちに自分の、もしくは自分の親の不動産が勝手に売買されていたという話は、自分とは無縁の資産家だけの話ではないのです。年末年始の帰省を控えた方が多いこの時期に、地面師犯罪の実態を探ってみましょう。


プロもだます圧巻のチームプレー

この5年ほど、他人の土地を勝手に売り払って、多額のお金をせしめる地面師が跋扈(ばっこ)しています。警視庁管内だけでも、数十件にのぼる被害が出ているそうです。

だまされているのが基本的に“プロ”である点も特徴です。約12億円をだまし取られたアパホテルは、ホテル用地を買う専門部隊として「アパ」という不動産子会社を持っています。ここがだまされたのです。積水ハウスも東京・五反田の土地で約63億円をだまし取られています。

なぜプロがだまされるのかというと、実に手が込んでいるからです。登記簿謄本に載っている所有者になりすます役者、役者が本人であることを証明する印鑑や印鑑証明をはじめとする書類を偽造する業者、カモとなる買い手を探し出してくる仲介業者。圧巻のチームプレーでプロをだますのです。

司法書士でも見破れない精巧な書類

偽造書類は極めて精巧で、司法書士や弁護士などの専門家も見破ることはほぼ不可能だそうです。

たとえば印鑑。ハンコ屋さんには「これと同じハンコを造ってほしい」というオーダーには絶対に応じてはいけないというルールがあります。だから、本物の印鑑の印影を持ち込み、「これより直径が〇ミリ小さいのを造って」と頼んで造らせ、できあがったら別のハンコ屋にこれよりも直径が〇ミリ大きいのを造って」と頼めば印鑑を偽造できる、などという説が、昔はありました。

しかし、今やこんな面倒なことをしなくても、3Dプリンタで簡単に偽造できますし、プリンタの性能もケタ違いで向上しています。地面師グループの書類偽造屋は、自治体ごとに異なる印鑑証明の用紙の模様にも精通しているそうです。

見破れないのは、登記申請書を受け付けて登記をする法務局も同じです。ただし中には、登記手続き中にコトが発覚するケースもあり、その場合は登記には至りません。一等地にあって多くの不動産業者が欲しがっている物件だと、動きがあれば早い段階で所有者本人の耳に入る場合があり、真の所有者が法務局に問い合わせて発覚するのです。

他人事ではない不動産の勝手転売

このようにして他人の物件を勝手に取引した場合、損をするのは基本的に買い手だけです。地面師はお金を手にしたらさっさと逃亡してしまいますし、所有者は自分が真の所有者であることを証明すれば「物件を返せ」と言う権利があります。結局、お金は払ったけれど物件を手にできなかった買い手だけが損をするのです。

たとえば、アパの場合は登記申請手続き中に発覚しましたが、登記が無事に済み、ホテルが建って開業してしまってから所有者が気づくということも理屈の上ではありえます。それでも、真の所有者は「ホテルを取り壊して土地を返せ」と言えるのです。

それなら、真の所有者であれば心配ないかというと、そうともいえません。いったん土地が他人の手に渡り、ましてや上物まで建ってしまったら、排除して取り返すには法的な手続きが必要になります。ごく普通の一般市民にとって、これは大変な負担です。

アパをだました地面師グループは今年2月に逮捕されており、アパの事案は再逮捕の扱いなのですが、2月の逮捕容疑は墨田区の古い3階建て住宅を勝手に売却したことでした。売却価格は7,000万円でしたから、決して庶民とは無縁の物件というわけではありません。

狙われやすい物件の特徴は?

さすがに被害が増えだしてから何年も経っているので、捜査当局にも情報が蓄積され、徐々に摘発件数は増えてきています。アパをだましたグループの逮捕を機に、芋づる式に“仲間”もあぶり出されています。しかし、まだまだ未解決の事件が山積しているそうです。

狙われやすいのは、抵当権がついておらず、所有者が高齢者で、人の住んでいない物件です。

抵当権がついていると、それを外すのに抵当権者である金融機関と交渉することになるのでバレやすい。高齢者の所有だと、本人が施設に入っていたり、判断能力が低下していたりして、勝手に売買されていることに気づく確率が低くなります。買い手は物件を見に行きますから、そこに人が住んでいない駐車場などは非常に都合が良いわけです。

全国の空き家は増加の一途をたどっています。半ば放置状態の不動産に心当たりがあるのであれば、現地の確認と登記簿謄本の取得は定期的に行うべきでしょう。

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