はじめに

連載の更新が遅れているうちに、仮想通貨を巡る状況はかなり変わってしまいました。コインチェック社の仮想通貨NEM巨額流出事件が起き、さらにイギリスの中央銀行総裁がビットコインは通貨としておおむね失敗であると発言して波紋を呼びました。[1]

失敗かどうかはともかく、一連の事件による価格の乱高下を見て、仮想通貨が極めて投機性の高い金融商品だと認識されるようになったことは間違いないでしょう。この記事を書いている2018年3月初旬には、仮想通貨への熱狂はやや冷めた印象があります。前年末~年初ごろのように、仮想通貨に関するニュースが連日バズりまくるという状況ではなくなりました。


お金が持つ3つの機能

一般的には、お金には3つの機能があると言われています。

〝交換の手段/価値の尺度/価値の保存〟です。この定義は、19世紀の経済学者ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズの『Money and the Mechanism of Exchange(貨幣と交換機構)』が初出のようです。[2]

先述の英中銀総裁の発言は、この定義を念頭に置いたものでしょう。現在のビットコインは使える場所が極めて限定されており、交換の手段としては不充分です。一方、価値の尺度にはなり得ます。あらゆる商品を、ビットコイン換算で表示することは理屈のうえでは可能です。しかし、現状では投機性の高さゆえに価格が不安定なため、価値の保存という点では問題がありそうです。ビットコインを始めとした仮想通貨が「成功」するためには、これらの問題をクリアする必要があります。

さて、前回の記事は「お金の本質に迫る!」という煽りで終わっていました。

私たちが使っている1万円札の〝原価〟は、わずか数十円だそうです。高級な紙を使い、高度な印刷技術を用いているものの、物体としての1万円札には1万円の価値はありません。実は同様のことが歴史上の金貨や銀貨にも当てはまり、1ポンドの金貨に使われている純金には1ポンドの価値はなかった――というところで、前回の記事は終わっていました。

これが意味するのは、貨幣の本質は〝信用〟であるということです。1万円札はみんなが1万円の価値があると〝信じている〟からこそ1万円の価値があり、1ポンドの金貨はみんなが1ポンドだと信じているからこそ、その価値があるわけです。このことは連載第12回にも書きました。

このような貨幣の本質を端的に示す、面白い逸話があります。

仮想通貨が既存通貨に成り代われない構造的弱点

1970年5月4日から約半年間、アイルランドではストライキのために銀行業務が停止しました。預け入れや引き出しはもちろん、振り込みや振り替えもできなくなってしまったのです。経済が大混乱に陥るかと思いきや、人々は小切手で取引を決済して経済活動を続けました。[3]

銀行が再開されないかぎり、その小切手を現金化することはできないにもかかわらず、です。個人の信用のみで小切手経済が機能したのです。

ここには、アイルランドの文化的な背景がありました。

かの国では街の至るところにパブがあり、地域コミュニティの基幹になっています。そういう店が小切手を集め、裏書きし、清算するという、代理銀行の役割を果たしたそうです。お互いの顔をよく知っているので、相手の信用力が分かり、小切手を安心して振り出せたのだとか。言うなれば、ギネスビール経済ですね。

たとえ裏付けになる貴金属がなくても、あるいは中央銀行がなくても、〝信用〟さえあれば貨幣経済は機能しうる――。1970年のアイルランドの事例は、その証左でしょう。

一方、暗号通貨では貨幣の流通量を左右するのは人々の信用ではなく、計算機の計算能力と消費電力です。現代的な貨幣というよりも、昔ながらの本位貨幣に近いと言えます。

本位貨幣は、一般的に言って、デフレになりやすいという性質があります。貴金属にせよ暗号にせよ採掘の速さには限界があるので、貨幣の需要が高まったときに供給が追いつかなくなりがちなのです。

現在の仮想通貨でも、同様のことが当てはまります。たとえばビットコインを法定通貨にしている「ビットランド」という国があったとして、その国の住人から見れば昨今のビットコイン暴騰は強烈なデフレだったと言えます。ビットコインの価値が高まったということは、逆にいえば、ビットコイン換算でのあらゆるモノの値段が下がったということですから。

需要にあわせて流通量を調整できないという点は、仮想通貨の構造的な弱点です。この点を克服できない以上、仮想通貨が日本円のような既存の通貨の代わりになるのは不可能――とまでは言わないまでも、ハードルはかなり高いと言わざるをえないでしょう。

[1]https://jp.reuters.com/article/boe-bitcoin-idJPKCN1G321F
[2]カビール・セガール『貨幣の「新」世界史 ハンムラビ法典からビットコインまで』早川書房(2016年)p22
[3]フィリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』

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