はじめに

病院でのちょっとした治療の支払いはキャッシュレス――。中国では近い将来、こんな病院が普通になるかもしれません。

「IT×医療」で、オンライン診療、診察のネット予約、医療費のスマホ決済が急速に広がる中国。背景には、従来の医療体制では、治療という最も基本的な医療サービスにアクセスするのに、膨大な時間と労力がかかるという事情があります。

フィンテックの先頭を走るアリババは、このシステムを自身の経済圏における信用偏差値「ゴマスコア」によって緩和する取り組みを行っています。こういった社会インフラの再構築は、同社の得意とするところ。ネット決済「アリペイ」の導入によって銀行のあり方が大きく変わったように、今後、病院のあり方さえも大きく変わる可能性があります。


待ち時間は平均2.5時間

まず、中国の病院で治療を受けようとすると、どうなるのでしょうか。下表は、そのおおよその時間を示したものです。

診察を受けるための費用の支払いに20分、診察までの待ち時間が60分(以上)、診察10分、診察後、治療に必要な薬は前払いだから、その支払いをするのに待ち時間20分……。合計すると、おおよそ2時間40分。これはまだ良いほうです。

中国では、一部の大都市に規模の大きい病院や専門病院が集中し、技術レベルの高い医療従事者もそこに偏りがちです。必然として、医療の地域間格差は大きくなり、多くの患者はよりよい医療サービスを求めて、大都市の病院に殺到してしまいます。

加えて、中国の医療保険制度においては、日本と比較しても自己負担を多く求める制度となっています。治療費の未払い(逃亡)を防ぐため、病院としては、診察後すぐ治療ではなく、まず治療に必要な薬代や検査にかかる費用を患者に前払いしてもらうシステムをとっています。

このような医療制度や医療サービスのあり方が、結果として病院での待ち時間を膨大なものとしているのです。結局一番ツライのは、病気を治しに来た患者本人でしょう。

ゴマスコアで治療費はキャッシュレス?

これまで政府が手をこまねいてきた問題に対して、ユーザー目線、独自のビジネスモデルで大きく変革してきたのがアリババでした。いったいどのような手段をとったのでしょうか。

同社が取り入れたのは、「ゴマスコア(信用偏差値)」、「アリペイ(ネット決済)」、「花唄(クレジット)」の3つのサービスを融合することで、病院の待ち時間の短縮、業務の効率化を図ることでした。これが「未来病院」プロジェクトです。

ゴマスコアは、アリババのネット経済圏の中で、ユーザーの決済や支払いの履歴、個人の特性(職業、学歴など)、人脈(SNS上での人脈)、資産規模などを、350~950点でスコア化したもの。ゴマスコアが650点以上と、一定以上の信用があると判断されたユーザーは、クレジット機能を持つ花唄から1,000元分の与信枠が与えられます。

未来病院では、この枠内の治療費や検査代については、花唄がクレジット機能で決済をするため、患者は病院でキャッシュを支払う必要がありません。つまり、ネット上の信用を担保に、医療費の後払いを可能にする仕組みです。

これによって、患者側は病院での待ち時間を従来の3分の1となる約50分まで短縮することが可能で、病院側も業務の効率化を図ることができます(下表)。

なお、花唄への支払いは、毎月決まった日にアリペイで支払うことができます。故意に支払いを遅らせるなどの行為は、ゴマスコアに影響してしまうため回避される仕組みとなっています。

利便性と医療格差の狭間で

未来病院の取り組みは、患者、病院の双方にとってwin-winのビジネスモデルです。加えて、アリババ側(アントフィナンシャル)も、自社が持つさまざまなサービスを活用し、ヘルスケアに関するデータも集められ、それを保険商品の開発など、新たなビジネスにつなげることができます。

一方で、医療というすべての人が等しく受けられるべき社会サービスに対して、ネット上の信用偏差値という「ものさし」を導入することは、新たな格差を生む可能性もあります。このような心配を横目に、未来病院は上海、広州、重慶など10の都市、およそ3,000の病院に広がっています。その勢いはしばらく止まりそうもありません。

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