4.5ミリ秒を争って電波塔を建てる投資家達

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2009年夏、一人のロシア人プログラマーがFBIに逮捕された。
罪状はコンピューターのコードを盗んだこと。盗んだ相手は勤務先のゴールドマン・サックスだった。

彼の保釈を巡る議論により、事態は謎めいた展開を迎える。
盗んだコードは金融市場の相場操縦につながるおそれがある、と検事がコメントしたのである。

彼の盗んだコードはどのようなものだったか。
私はその秘密を探った挙句、たどりついたのはニューヨークの一角にあるオフィスの一部屋。
そこに集まっていたのは、ウォール街に戦争を仕掛けようとする人たちだった。

 
 
上記は、マネーボールやビッグ・ショートなど、数々のヒット作を生み出してきたマイケル・ルイスの最新作「Flash Boys」の冒頭(意訳)です。

ルイスはストーリーテリングで魅せる稀代の作家でもありますが、同時にプロのビジネスにおける様々などんでん返しを察知し、いち早く取材をかける能力にこそ、その真髄が表れているといえます。
 
 
彼が新著で取り上げたのは、投資銀行やヘッジファンドにおいて普及しているHFTと呼ばれる高速自動取引です。

HFTにも様々な種類がありますが、代表的なものを説明すると、最新鋭の通信機器やシステムを揃えることで、他の投資家よりも早くニュースや情報を元に取引を行うことになります。

その一例として、この本の中では、シカゴとニューヨークの間での情報をいかに早く伝えるかを巡って、電磁波と光ファイバーの比較が挙げられています。

シカゴとニューヨークの間で、情報を光ファイバーで送ると12.5ミリ秒かかるところを、電磁波での通信であれば8ミリ秒で済むとのこと。そのために、投資家達はこぞって、ニューヨークの市場に近いニュージャージー州に電波塔を建てるなどしています。

他の投資家よりも早く情報を手に入れることができれば、投資で大勝ちすることも可能となります。

最近有名になった例では、3年間の取引のうち、損失を出したのはたった一日だった、という投資会社も登場してきています。

このような高速取引が他の投資家を「カモ」にしてしまう状態は、善なのか悪なのか。

このようなインフラを持つごく一部の投資家が握り、市場に大きな不安をもたらしているとして、ルイスはこの市場構造を痛烈に批判しています。

たしかに、常に一部の人達が利益を上げられてしまうような形は、たしかになんだか納得が行かないかもしれません。

しかし一方で、学問の世界は、このような取引をする人がいることは、市場の機能より便利なものとするため、良しとする考え方が取られることが多いです。

百五十年ほど前には、ロイター通信のロイター氏や、ロスチャイルド家のロスチャイルド氏などが、伝書鳩を使って戦況や市況を通信することにより、彼らのビジネスの基礎を築いていました。

今だからこそ、ミステリアスな現象として目に映るのかも知れませんが、百五十年後の世界からみたら、とても当たり前に見えることが、起きているだけなのかもしれません。

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