DNA情報と生命保険|Fintech(フィンテック)研究所

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

4月2日、日本の主要生保の一つである明治安田生命保険は、遺伝情報の活用を含めて金融サービス開発を行う専門部署の設置を行ったと毎日新聞が報じています。

遺伝子解析と生命保険

同報道によれば、このような本格的な遺伝情報の活用に踏み込む主要生保の取り組みは初めてとのこと。顧客同意をもって遺伝情報を解析することで、より高い確度での予測を生命保険商品に活用できるようになるほか、生活習慣の悪化に対する予防的なツールやアドバイスを提供することが可能となるかもしれません。

一方で当然ながら、病気になりやすい遺伝子であることが判明した場合には、保険料の上昇や加入拒否が発生することも考えられます。遺伝子は生まれる時点で固定される情報であるため、その結果がもたらす不平等については社会的な反発が発生することも容易に考えられます。

上記記事にもあるように、米国では、遺伝子情報を健康保険及び雇用判断に用いることを、2008年に成立した遺伝情報差別禁止法が禁じられています(成立背景はこちらのブログが詳しいです)。一方で、生命保険についてはその限りではなく、自らの遺伝子情報を積極的に活用したい加入者の需要に応えられるものとなっています。

このような明確なルールがある米国に対して、日本ではまだルールの制定や、利用者保護の議論が本格化しているわけではないようです。明治安田生命の取り組みは大いに実験的な位置づけを帯びていますが、社会的な議論を進めていくにあたって大事な基礎となっていくのかもしれません。

Fintechの盛り上がりを待たずとも、保険業界は大数の法則に基づく業態でもあり、高度な統計活用が行われてきました。ただし、より広範なデータを基にする商品設計は、まだこれから開拓されるべき分野でもあるようです。本年1月には第一生命が保険に関する技術革新(InsTechと呼ばれます)において、例えばビッグデータを活用した医療保険など新たなフロンティア取り込むべく、InsTechイノベーションチームと呼ばれる組織を設立しています

また、現時点ではより重要といえるかもしれないのは生活習慣です。寿命に対して遺伝情報が持つ直接的な影響度はそれほど強くなく、遺伝的要因が2〜3割であるのに対し、生活環境や習慣が7〜8割という研究もあるそうです。遺伝子解析の結果、生活習慣に対するアドバイスがもたらされるようになれば、全体としては不平等の論点よりも、アドバイスが持つ価値の方が評価されてくる側面もあるのかもしれません。また、このような寄与を先取りするように、生活習慣に関する統計の活用も、ウェアラブル端末を着用することで保険料率が下がるような取り組みも生まれています。

近未来のIoTがもたらす保険業の意義

遺伝子解析は、保険という金融商品に関する根源的な議論にも繋がっていくものともいえます。

未来において、遺伝子のデータに加えて、人間の動きのほぼすべてが計測されるような世界を考えると、保険会社や加入者は健康状態や習慣をより精緻に予測できるようになっていきます。生命保険はもはや一律の製品をリスクに応じて加入判断するのではなく、一定の数式に対して加入し、その変数が逐次計測されていくような形になるのかもしれません。

このような世界は、自動車の世界ではすでに実現しています。テレマティクス保険(自動車の制御装置から得るデータを携帯電話回線で通信し、優良ドライバーを優遇するタイプの保険)の一例であるProgressive社のSnapshotでは、荒い運転にブザー音を発したり、丁寧な運転を行う人に保険料が還元されたり、といったことが可能になっています。この保険の人間版とも呼べるもの(テレマティクス生命保険?)が生まれた暁には、健康志向の高い人は多数の計測デバイスと結果を通信する一方で、そもそも加入をあきらめなければいけない人口も大量に生まれるような、そんな状況が生まれるのかもしれません。

保険の世界は、大数の法則という表現に表されるように、多少のブレがあるものの、皆が一定の平均値とその分散の中で生きることを想定した世界で発展してきました。しかし、測定デバイスが進化し、習慣性にまでアドバイスが行われるようになると、リスクはダイナミックに変化し、日ごとに保険料が変わるような性質になっていく可能性もあります。

加入者は改善する努力を行える人であるか、といった応用的な変数すら保険の判断軸となると、生命保険や医療保険は必要以上に息苦しい商品となる可能性すらあります。

より多くの正しい情報がよりよい金融商品をもたらす性質がある以上、この方向性とどのように折り合いをつけていくべきか。結果として生まれる息苦しさが、いざとなった時に家族を守れない人を増やさないか。社会全体としてもその捉え方や、政府が保障するべき生活の定義が変わるのかもしれません。

上記記事の最後の「遺伝子の解析技術が進み、病気や死期がかなりの確度で予測できてしまえば、そもそも保険は必要なのかという議論にもなってくる」という発言にもあるように、InsTechのあり方は、金融産業のあり方に関する広く社会的な問題意識にもつながるものといえそうです。

今週の読むべきニュース

◆米国のFintech規制のあり方(American Banker)
近時のOCCや財務省の連邦レベルでの規制のあり方に関する論考。州を超えた上限金利の適用などが議題か

◆北欧における2014年以降のFintech投資は400億円超
スウェーデンが32/51。ただ、ハブとしてはこれからという評価。KlarnaとiZettleが大きなシェア。こちらも参照

◆NYTによるFintech大物プレーヤー表
ユニコーンの大きな順ではStripe、Credti Karma、SoFi、Mozido、Adyen、Klarna、Avant

◆米政府がペイデイローン分野でFintechに期待
産業規模は385億ドル、1,200万人が利用とのこと。年率400%+の世界

◆サンタンデールとKabbageが提携
英国の中小企業向け貸付でKabbageとスペインのサンタンデール銀が提携。2015年10月に同銀からの出資を受けたあとの展開。
OnDeckとJPMほどのPaaS型であるかは現時点では不明。

◆NYGによるFintech年表(19世紀スタート)
ここ数年はGoogle Wallet、モバイルバンキングの利用度、アリババの顔認証だけがピックアップ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

SNSでもご購読できます。