ゲスト対談:古書のオンライン事業と時代による読書の変化(バリューブックス代表: 中村大樹さん)

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このFintech研究所ブログで、今回から新しいシリーズを始めたいと考えています。以前当社のWantedlynoteで連載していたような、マネーフォワードFintech研究所長である瀧がゲストを招く対談シリーズを、このブログの読者の方向けに、内容をより専門的なものにしてお届けする予定です。

記念すべき第1回は、2019年4月12日に株式会社バリューブックス代表取締役である中村大樹さんをゲストとして、バリューブックスのビジネスモデルや、近年の「本を読むこと、買うことの変化」などについてお話しした内容をご紹介します。

バリューブックスは、長野県上田市を拠点に、インターネットによる書籍販売・買取をメインに事業をされている企業です。国内最大規模のおよそ183万冊の古本を有し、施設や学校に無償で本を提供する取組みや、長野県諏訪市の酒造メーカーの協力のもと、古本市を開催するなど、幅広い取組みをされています。今回は、瀧から依頼させていただく形で、長野県にあるバリューブックスにお邪魔し、念願の対談が実現しました。

今回のゲスト:株式会社バリューブックス 代表取締役 中村 大樹さん

1983年、長野県生まれ。高校時代はサッカー漬けの日々を送る。大学進学を機に上京。1年生の春休みを利用して訪れたニューヨークで、独立して働く日本人の若者たちに出会い、起業の夢が膨らむ。大学を卒業した2005年、古本のネット販売ビジネスを単身でスタート。その後、友人たちをメンバーに加えて事業を拡大、2007年に「バリューブックス」を設立。2010年に本で寄付する新しい仕組み「charibon」を開始。

お客様に対して情報をオープンにし、ご理解いただく

瀧) 本日はよろしくお願い致します。

中村) よろしくお願いします。

瀧) 本日は貴社の事業概要やビジネスの全体像を伺いつつ、中村さんの人となりや、記事で拝見した古書買取の有償化に至った経緯をお伺いできればと思います。さらには、スマホやCtoCオークションサービスの台頭によって一般的に本の価値観が変化していく一方で、値下がりしない(価値が残り続ける)本や、人が物を買うことについて、という少し大きいテーマで、お考えをお聞かせ願えればと思っています。

まず初めに、事業の運営面についての質問ですが、買取サービスによって、毎日約2万冊もの本が送られてくる中で、サービス運営が難しくなることはございませんか?例えば、従業員の方がお休みしている間に、本が次から次に届くことで、お風呂の水が溢れてしまうような状態になってしまうのではないかと想像しているのですが。

中)  確かにそういった場合は、本が溢れる状態になってしまいます。ただ、本は生鮮食品のように腐らないため、仮に届けられる本の数が多くても仕事の「バッファ」を持つことができます。よって、すぐに運営が回らなくなるということはありません。しかし、この「バッファ」を持つことは本来、あまりいいことではなく、以前から解決したい問題でした。そこで最近は、お客様にきちんと事業者側の事情をお伝えすることで、お客様に本を送っていただく時期を調整いただけるのではないかと思っています。実際に「今すぐではなくてもいいから売りたい」と言う人も多くいらっしゃいます。

瀧) なるほど、確かに。本であれば劣化するスピードも緩やかですし、今どうしても売りたいという要望ばかりとは限らないですね。

中) はい。具体的には、今までは(大掃除などに合わせて)年末にキャンペーンや広告を打つなどの施策を行ってきました。ただ、その時期はスタッフが不足する時期でもありました。この課題を受けて、スタッフが充実している時にお客様に本を送っていただけるようお願いする方針にシフトしていきたいなと思っています。最近は「情報をオープンにし、お客様に理解して頂ける可能性」を模索しています。

コストをオープンにした買取

瀧) 500円で本の均一買取をされているのも、先ほどのお話と連動しているのですか?

中) そうです。根幹にあるのはオープンかつフェアな買取りをしたいということです。その背景には、買取サービスで1日2万冊ほどお送りいただく本の半分が、販売できる本ではないという理由で古紙の回収に出さなければならず、悩んでいたことに始まっています。我々としても「ブックギフト」という本の寄付プロジェクトなどでこの問題に取り組んでいるのですが、限度がある事を身をもって知りました。そこで、お客様に実際のコストを伝えるという決断を選んだという流れになります。これまで、買取時の送料は無料というのが業界の慣習で、送料や仕分けする人件費はクローズドな情報にして業者が負担していました。その点で、買取に関する正しい情報で判断ができない状況を、我々が作ってしまっていたのではないかと思っています。

瀧)  なるほど。届けられた本が半分も処分されるというのは大きな課題ですね。

中)  本来、値段がつかない本は資源ごみや親類への譲渡など、お客様ご自身で処分されると思います。買取業者に送付してもメリットがないからです。つまり、コストをオープンにすることで実情を知ってもらい、業界の慣習を適正にすべきと考えています。

メルカリ等の「フリマサービス」のすごいところは、コストをオープンにし、売却額が自分で把握できるところです。しかし実際は、送る手間が存在していて、売れるまで本を保管し、買い手がつけば本1冊を送るという作業コストがかかっています。先ほどお話ししたように、古本の買取事業でも、同様に人件費がかかっています。そんな中、弊社はこの2つのビジネスモデルの中間くらいのサービスができればと思っています。

具体的なビジネスモデルとしては、送料有料で、事前査定で大まかな値段を提示することで、仕分けをお客様にお願いするというものです。負担が少ない作業であればお客様自身でしていただける可能性もあると考え、今のサービスを始めました。

瀧)  確かに「売りたいけど送る手間をかけたくない」という意見はありますね。もし近い将来、本の背表紙に対する機械学習アルゴリズムのようなものが完成すれば、アプリからおおよその値段を査定し、買取をする側が「ただしこの本は買取できないので、除いておいてね」と提案することなども可能でしょうか?

中) そうですね、やはりご利用いただけるポイントとなるのは、簡単に買取が完了することだと思います。既に事前査定サービスも始めていますが、タイトルを入力する必要があるので、少しハードルが高いなと感じています。ですので、瀧さんが仰った、画像認証で仕分けができるというイメージは理想的ですね。

※2019年10月30日、一度に約20冊の本の背表紙をスマホで撮影するだけで本の査定を行うサービス「本棚スキャン」をリリースされました。バリューブックス内の倉庫に “Open Book Camera”を設置し、200万冊の在庫の背表紙などのデータを集積して画像認識による査定をされており、今後も画像認識と査定の精度向上に取り組んでおられます。

瀧) 本を買い取る流れは、必要な仕分けの過程がどこに内在しているかによって、すさまじくコストが変わりますね。送料を有料にしたことによって、お客様の数が最盛期の半分ほどにまで減少したと伺ったのですが、実際に今の取組みを始められてから現在に至るまで、当初の予想と比較していかがでしたでしょうか?

中) 予想の範囲内といえば範囲内でした。理由としては、これまでの業界慣習だった「便利・カンタン・高価買取」という分かりやすいマーケティングに危機感を持っており、打開策として今回の取組みを始めました。その中で、お客様にこの取り組みを受け入れて頂けるまでには多少のタイムラグがあると想定していたからです。長い目で見れば、理解していただける方も更に増えてくると思っています。実際、今の施策によって1冊あたりの買取金額は高くできるだろうと考えており、イメージとしては業者もお客様もみんなでコストをシェアしていくような形を考えています。そうすれば、全体で古本の買取、流通を効率化でき、お客様にも還元させていただけると思っています。

専門書のせどりから始まった事業

瀧) 仰るとおりですね。少し話題が変わってしまうのですが、事業を始められたのはいつごろですか?拡大して事業展開された時期のこともお伺いできればと思います。

中) 創業は2007年です。会社登記前後のも1年半くらいは、高校の同期5人くらいでせどり(※安く古本の仕入れをし、高く販売できる販路で転売すること)の事業などをしていました。高く売れそうな本の宝探しのようで、とても楽しかったですね。それから本の買取の会社にしようとなりました。その当時は、古書店で安く売られている専門書をオンラインで取り扱っていましたね。

瀧) え、専門書を?またどうしてですか?

中) 実店舗を構える古本屋は、店舗の半径5キロ以内のお客さんが持ってきたものを買い取っています。従って、店舗にはベストセラーなど多くの需要と供給がある本が集まりやすくなります。ベストセラーのため、店舗周囲にその本を欲している人が居住している可能性は高いことが理由です。しかしながら、専門書をほしいと思っている人は、5キロ圏内にいない可能性も十分に考えられます。 このような理由から、インターネットでの販売と相性がいいと思いました。ネットであれば、日本に1人でも欲しい人がいれば、取引が可能です。そのような経緯を経て、様々な本を買い取るようになっていきました。

                      ※バリューブックス様の査定作業兼書庫の様子

瀧) それは確かに宝探し感ありますね。「売買が成立する確率」がカギですね。オフラインでは分断されている地域を、オンラインによって繋いでいくイメージでしょうか?

中) そうですね。当時はオンラインとオフラインがかなり分断されていたため、ただひたすらオフラインで売れ残った書籍をオンラインに載せるという事業でしたね。

時代によって、本や読者は変化するのか

瀧) なるほど、ありがとうございます。多様な本が送られている中で、傾向として、創業された2007年当初の期待値と違うことや気づいたことなどはありますか?時代によって、売れる本や送られてくる本の傾向が変化しているのかなと思いまして。

中) そうですね、そのような流れはあると思います。在庫を管理していると、世に出たばかりの本は、うちに来てもすぐ売れたり、2~3年前の本は、いっぱい入ってくるが出ていかないので処分や他の方法を考えたり。「在庫は、同じ本が5冊あればいい」と業界では言われています。

瀧) なるほど!必要な在庫量の設定というのは、かなり大事な側面ですね。

中) はい。在庫にしておくべき本なのかの判断が難しいですね。消費財的な特徴が本にも現れているように思います。

 人それぞれの本の役割

瀧) そうですよね。ジャンルにもよると思うのですが、一人が購入したすべての活字本のうち、何割くらいが読まれているとお考えになりますか?私も持っている本すべてを読みきれない人間でして。

中) なるほど。そういう議論はありますよね。どのくらい実際に読まれているかはわからないですが、私は本の全てが読まれなくても構わないと思っています。本棚にあるだけで自分の趣向を忘れないようにする役割や、目次まで読んで本のニュアンスを掴むことも読書であり、本の役割だと思います。

瀧) 確かに、私もそのとおりだと思います。目の前にある本のディスプレイに合わせて生きていく、もしくは置いている本を自分にインストールしていく感覚に似ていると感じています。

軽く作られ、読まれ、そして捨てられる本に対する課題意識

瀧) 貴社は出版社と提携されていると伺いましたが、どのようなお考えが背景にあったかなどをお伺いできます。連携される出版社と貴社の共通点などがあればお聞かせいただきたいです。

中) そうですね。流行りに乗っている本ばかりを出版する会社ではないという点は、共通していることの一つです。自分たちが良いと思い、長く読まれる本を作ろうという信念は弊社と近い気がしており、提携をさせていただいております。

弊社のミッションは「すべての人々が、自由に本を読み、学び、楽しむことができる世界をつくる」というものです。本は、僕にとって大事な存在だったこともあり、誰でも手に取れる社会になって欲しいというメッセージが込められています。だから、全国どこでも同じ本が安く手に入ることの重要性を感じる一方で、昔に比べて、軽く作られ、読まれ、捨てられる傾向が強いところに、問題意識を持っています。

瀧) そうですよね。相対的に不足するものをビジネスによって提供するという観点では、弊社のサービスにも共通しているかもしれません。人間はお金に関する決断を先送りにする傾向があります。ほとんどの日本人は、今やらないといけないことをわかっているのに対策を打たないことで、不安がどんどん増幅し、苛まれることになります。弊社は、その不安を取り除きたいと考えています。人間はすぐに行動することで、大体の問題が解決すると感じているので、そのきっかけをサポートし、世界がより良くなるように変えて行くことができればと思います。

中) なるほど、本当にそのとおりですね。

瀧) 本日はお話の機会をいただき、ありがとうございました。

中) いえいえ、こちらこそありがとうございました。

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