前回のブログでお届けした、マネーフォワード Fintech 研究所長の瀧による、2019年におけるFintech関連ニュース振り返りの後編をお届けします。
その6「Brexitについて」
合)2019年も英国Brexit問題は、金融業界にとどまらず大きなニュースでした。Brexitが与えるFintechへの影響など、ご意見伺えればと思います。
瀧)ボリス・ジョンソン氏の首相就任以降も、Brexitの小康状態が続いていましたが、12月12日の英下院総選挙でジョンソン首相が率いる保守党が大勝しました。これにより、2020年1月末までにEUとの合意に基づいて離脱することが大幅に進むとみられます。
BrexitがEUの金融に与える影響は大きいです。EUの金融の中心が「ロンドンシティ」にあるように、英国の国土規模や他の産業に比べて、戦略的に金融産業に対して重要な役割を置いています。また、金融業界における世界的な競争力を維持するために独自の意思決定ができることから、英国はEUよりも先進的であり続けるだろうと考えています。これは例えば銀行APIに関連して、PSD2がEU圏内で指令として発効された後、CMA(競争市場局)などが迅速に対応したことなどにも裏付けられていると思います。
英国民は、自国の金融産業のドミナンス維持は重要と考えているとみられ、Brexitの影響で英国のFintechも後退することはないのではないかと考えています。それよりもむしろ、英国が抜けてしまうことで他の欧州の国が競争する相手がいなくなり、EU内のFintechが後退する可能性があるかもしれません。
例えばこれまでは「単一パスポート制度」に基づき、EU圏内はワンストップの許認可で金融業を営むことができました。この制度は、より便利な先進的拠点を作り、他のユーロ圏の国と比較することで優位性をアピールすることができるという競争促進のメリットがあります。単一パスポート制度から英国が抜けることで、英国を起点とする競争要因が欧州圏で減少するのではないかと言われています。このような帰結はテック系企業にとっては少し残念な効果になるかもしれません。
合)すでに、英国の金融機関やFintechプレーヤーが、Brexitに備えて英国外のEU圏で免許を取得するという流れが出てきていますよね。
瀧)そうですね。そのような流れが加速していく可能性は十分にあると思います。Brexitは英国の金融業にのみ影響するということはないものの、EU全体のイノベーションが停滞する可能性は否めないと考えています。
その7「2000万円報告書について」
合)ありがとうございます。次に、今年6月にいわゆる「2000万円報告書」が大きく取り上げられ、瀧さんもCOMEMOに寄稿されていたかと思います。私も報告書を読みましたが、注目された背景にあるのは、社会保障問題の影響が大きいのではと思いました。瀧さんはどうお考えになりますか?
瀧)「2000万円報告書」と一般的に呼ばれていますが、正しくは「高齢社会における資産形成・管理」として金融庁が開く金融審議会の市場ワーキング・グループが作成した報告書を指します。やはりシンプルに考えると、多くの国民が「2000万円の貯蓄がない」ことが背景にあるのは間違いないと思います。厚労省の統計によると、企業を退職する際の一時退職金が平均約2000万円となっており、資産形成層であっても、住宅ローンや未成年の子供の学費などで貯蓄が難しいという人はかなり多いと考えられます。
ただ、この試算はあくまでモデルケースの一例に過ぎません。住環境や債務の有無などで大きな個人差が生じるという事実が報告書の「2000万円」という言葉のインパクトに押されて、ぼやけてしまったことも原因ではないかと考えています。
具体的には、例えば地方に住んでいたり、頼れる家族や家があるといった事情だけで2000万円の算定元となる生活費はもっと低くなり、不安が軽くなるのではないかと思います。また、例えば引退したお父さんの月額の支出情報が世の中に出回っていないため、自分の家の支出が報告書のモデルケースの通りになっているかを調べることが重要になってくると思います。
マクロ的な観点では、従来であればリタイアされていた方々が「可能な範囲で働く」という方向に社会制度を前倒しする以外に、社会保障の不安を軽減できるソリューションは存在しないのではと感じます。ただ、様々な事情で働けない人にも配慮することは必要なので、その場合は医療制度を見直すという議論の必要があるのかもしれません。
自営業の方とサラリーマンの方で、この問題のアジェンダが異なるという問題もあります。例えば自営業の方が60歳で引退すると、加入している国民年金からの給付は、夫婦で月に13万円となります。報告書に記載されたモデルケースで必要とされている月28万円では、年間180万円の赤字となり、2000万円問題どころか5000万円問題になる可能性があります。日本の国民年金は60歳以降もかなり働き続ける前提で設計されているのですが、今の社会でこの前提に立ったコミュニケーションがなされているかという課題が浮かび上がります。
今後マネーフォワードが、老後の不安を取り除き、ライフプランをサポートできるようなサービスを提供することで、「実は自分は700万円問題だった」という気づきや、更には「実は自分は生涯貯蓄がプラスだった」という安心を感じていただける可能性が出てくるかもしれません。
その8「ヤフーとLINEの経営統合」
合)先日の報道でかなり話題になったヤフーさんとLINEさんの経営統合についてお伺いしたいと思います。ソフトバンクグループのヤフーとLINEが統合することについて、日本のFintech業界に与える影響や瀧さんのお考えなどをお聞かせいただけますか?
瀧)ソフトバンクグループとして考えると、インドのPaytmや日本のPayPayなど共通してユーザー開拓と加盟店開拓にかなりの投資をされていたことがポイントです。加盟店開拓は日本においてかなり難しい課題ですが、PayPayさんは今後のデファクトスタンダードをとり得ると思います。キャッシュレス決済は唯一PayPayが使えるというお店に入られた方も多いのではないかと思いますが、1年前にはこのような状態を想像することはできませんでした。そうしたことから、困難な加盟店開拓を成功されたと理解しています。一方でLINE Payは、ユーザー側の開拓に強力なパワーを持っている反面、NewsPicksの匿名者座談会の記事によると、加盟店開拓に課題感を持たれていたようです。この2つの統合が叶うのであれば、お互いの強みを持ち合えることになり、例えばSuica以上の利便性のあるサービスを提供できるのではないかと考えています。
日本人と交通系ICカードの相性を考えた時に、全国各所でサービス名に差はあるものの、誰でも使ってきたという親和性の高さがあると思います。従って、今回の統合の効果としては、交通系ICカードに対抗しうる最も強いチャレンジャーが台頭したともいえます。ソフトバンクグループは大きな投資を続けられる数少ない企業なので、統合後のイノベーションの加速には高い関心を抱いています。また、個人的には決済の領域でタッチ決済にまで絡めることや、例えばPayPayからSuicaにチャージできるようなインターオペラビリティがあれば横綱のような存在になると思います。
合)なるほど。Suicaとのインターオペラビリティはやはり重要なポイントでしょうか?
瀧)そう思います。決してSuicaにチャージしてはいけないということではないので、この繋がりが持てたら強いと思いますね。これは国家と通貨の関係とも似ている気がしていて、単一の宗教や人種の人だけではなく、いろいろなバックグラウンドの人を受け入れる要素があるとその国の通貨は強くなっていくように、他者の要素を受け入れることが成長する鍵なのかもしれません。
もう一つは電子決済をただの通貨として捉えるのではなく、決済のもととなる取引原因などに注目することが重要になります。「スーパーアプリ」という表現のようにECやタクシー手配、送金など、たくさんのユースケースを同一のIDから行える能力は大きな利便性につながります。生活動線の全てを押さえることは、現在議論されているプラットフォーマー規制などの問題に絡むものの、「スーパーアプリ能力」をLINEさんと発揮されることでユーザーにとって、桁違いに質の高い顧客体験をもたらすと考えています。
その9「2020年のFintech界の予想」
合)それでは最後に、2020年となる来年の金融界やFintech業界の展望をお聞かせください。
瀧)来年はまず、急ピッチで進んできた資金移動業の三区分が定まり、横断的な金融仲介業の法案化にむけた最終調整に入るとみられます。これまで一番のネックとなるのはKYCのトピックだったのですが、こちらはある程度完成しつつある議論のため、今年は更に根幹の議論が進んでいくと思います。各業界で摩擦が起きやすくなることも考えられますが、言い換えれば枝葉の議論をこれまで丁寧に行ってきたことの現れだと考えています。この議論には実践的に動く新しいプレーヤーが出てくる必要があり、2020年はこの点に期待しています。
また2019年は、日本が抱える重要な社会課題を再認識した年でした。地方の苦しい経済状況や高齢化のトピックが金融庁のKPIに組み込まれましたが、来年は本質的な課題解決に社会として取り組み、不安の増幅を止められる1年にしたいと考えています。
そして、これは予想というか、より願望的な要素が強くなりますが、銀行代理業などの業態が一般的になり、プラットフォーマーが金融サービスを今よりも更に提供できるような社会にしたいですね。それに関連して、例えば銀行サービスが今後も必要であり続けるとすれば、もっと身近なアジェンダとして進んでいくのではないかと思います。
それから来年は、銀行の基盤に対する注目が集まると思います。先進的なマインドをもつインフラを創る企業が台頭しており、新しいタイプのベンダーと銀行サービスが融合することで、革新的な顧客体験を提供するような金融機関が現れる可能性は大きいと思います。
なんだか最後まで固いトピックですね。あとはオリンピック終了後に社会をとりまく「やりきり症候群」は起きると思います。例えば、不動産が2020年以降に値下がりするとずっと騒がれていますが、実際にどうなるのかはみなさんの不安材料になっているでしょうし、オリンピック後の世界がみえていないと感じる人は多いのではないでしょうか。ファンダメンタルズを引っ張って未来を描くような取り組みも、マネーフォワード Fintech 研究所として進めたいなと考えています。