これまで、二回にわたり当ブログでご紹介しました「マネーフォワードFintech研究所長 瀧の対談シリーズ」の三回目をお届けします。今回は、アドボカシーを中心とした公共戦略コミュニケーションのコンサルティング企業である、マカイラ株式会社の城譲さんをゲストとしてお迎えし、現在のお仕事に至った経緯や、「パブリック・アフェアーズとは何か」ということ、ベンチャー企業との関係性などについてお話しいただいた内容をご紹介します。
(※この対談は、5月27日にオンラインにより実施されたものです)
今回のゲスト:マカイラ株式会社 執行役員 城 譲さん
1998年より12年、公共セクター(国土交通省、内閣府、国際連合UN-HABITAT)で勤務後、国内IT企業(楽天、メルカリ)で8年間法務及び政策企画業務に従事し、IT分野における各種法律運用に携わる。官民の両セクターの経験から、両者の連携による発展的な政策立案の必要性を感じ、2018年11月よりマカイラ株式会社に参画。
はじめに
(※以下、敬称略)
瀧)城さん、本日はよろしくお願いいたします。厳しい情勢の中、オンラインにてお時間をいただきありがとうございます。ぜひライトな雰囲気で進められればと思っております。
城)ライトな雰囲気と聞いて安心しました。よろしくお願いいたします。
瀧)本日のテーマとして、大企業だけでなくベンチャー企業が、サービスづくりと並行して「パブリック・アフェアーズ(以下PA)」や「ロビイング活動」を行いつつある現状を、読者の皆様にお伝えできればと考えています。
城さんと私の接点を振り返ってみると、最初はFintech協会や金融庁におけるKYC(本人確認)に関する検討でお会いした事がきっかけと記憶しています。あの当時、Fintech事業者が一堂に会した場だったかと思うのですが、城さんはその中でも僭越ながらすごいレベルで、政策の解像度を高く見られている方という印象でした。よろしければ、城さんのご経歴をお聞かせいただけますか。
城)ありがとうございます。私は大学を出た後に当時の国土庁(現・国土交通省)に入庁し、約12年ほど公務員をしておりました。入庁して8年目あたりでケニアに出向することになり、その後2年ほど省庁に戻った後、楽天で4年、メルカリで4年勤務しました。それから、現在のマカイラで勤務することになりました。
官僚になられるキッカケ
瀧)城さんが官僚になられたきっかけは、どのようなものだったのですか。
城)今では世の中をよく知らなかったなぁと思っているのですが、学生だった当時は「官僚になりさえすれば、世の中をよくできるのではないか」と漠然と考えていました。
私が大学生だった90年代は、テレビ番組の影響などにより、「バックパッカー」がとても流行っていました。私もユースホステルを拠点にして、東南アジアやヨーロッパなどのいろいろな街を歩き回っていたのですが、特にヨーロッパは都市計画や景観を重視した街づくりがしっかりしていており、当時の日本と比べても素晴らしいまちなみが多いなと感じ入り、土地利用や景観のあり方を公共政策で変えたいという思いで国家公務員試験を受け、国土庁に入りました。
入庁後は省庁再編プロジェクトに携わり、国土交通省の設立準備として、法律や政省令の改正などの業務に携わりました。その後、国土交通省になってからは、航空法改正や、交通バリアフリー法改正などにも携わりました。そのような仕事の中では国会対応も担当することで、役人として国会議員はじめ多くのステークホルダーと対峙していく能力がついたと感じています。利害関係者やステークホルダーを漏れなく管理し、誰から説得するのかという点で、国という大きな組織を動かすというのは大変でしたし、思うように進行しない場合も多く、調整に苦労しましたね。
そんな中、人事異動でケニアのナイロビに行くことになりました。国土交通省は、インフラ整備のスキルを持つ人を発展途上国に派遣するケースが多く、アフリカにも都市問題の解決を目的とした派遣を行っていました。
ケニアでの仕事は主に都市開発の支援だったのですが、発展途上国に援助された限られた財源の中で、整備すべき優先順位付けを行い、ODA(政府開発援助)の必要性や実施することによるケニアと日本両国のメリットなどを日本政府に報告していました。
インフラ整備援助のためにケニアへ
瀧)城さんご自身が海外での業務をしたいという意向を出されたのですか?
城)官僚は一般的に、入省3年目ほどの時点で留学をするチャンスがあります。しかし、その当時は仕事がかなり忙しく、あまり勉強する時間がなかったという言い訳もあり、留学できなかったんです(笑)。ただ、そのような人にも海外経験が必要だということで、経験を積める機会を作れるよう国交省が調整していたようです。もし英語ができればアメリカの大学院へ留学するようなチャンスもあったのですが、そうでない人は「直接現地に行かないと英語ができるようにならないだろう」という考えがあったのだと思います。
瀧)なるほど(笑)。城さんはケニアのどのような団体で勤務されていたのですか。
城)勤務していたのは国際連合UN-HABITAT(政策提言を通じて社会的・環境的に持続可能な都市づくりを促進する国連組織)という機関です。ケニアのナイロビに本部があり、そこで「どの国のどの地域を重点的に支援するか」という検討を行うため、毎年10か国ほどに出張してインフラ整備の必要性などを比較検討しレポートにまとめるという業務などを行っていました。
(ナイロビに広がる世界最大級のスラム「キペラ地区 」:城さん撮影)
瀧)やはりケニアにおられた2年間が、城さんのキャリアにおいて大きな転換点だったのでしょうか。
城)そうですね。官庁で働いていた頃は、朝の8時から深夜まで毎日働き、プライベートがないような生活が当たり前だと思っていました。ケニアの労働生産性が高いかは不明ですが、地元の人だけでなく、世界中から集まっていた国連職員が日本と比較して明らかに働かないことに衝撃を受けました(笑)。
(現地ケニアのシマウマ:城さん撮影)
ケニアでは夕方5時位になると仕事から帰宅し、娯楽が限られているのでホームパーティーを開いて、交流を広めたり仕事の話をすることが多かったです。
国連職員の同僚は、日本人に比べて仕事をしない一方で、プレゼンは圧倒的に上手いことも驚きました。そのような環境にいる中で、「ただ真面目に働いているだけではバカをみるなぁ」と思ったこともありました(笑)。働き方に対する考え方が変わったという意味では、ケニア駐在期は一つの転換点かもしれません。
そんな中、ケニアでの大統領選に不正疑惑が持ち上がり、国内全土で暴動に発展した事件が起きました。邦人は一度帰国するようにとの指示があり、駐在していた私も帰国することになりました。私はケニアでずっと働いていたいとまで考えていたのですが、国交省にはケニアに行かせていただいた恩もありましたので、一旦帰国して2年は省庁で働き、それでもケニアで働きたいという思いが残っていれば、改めてケニアに行こうと思っていました。しかし帰国後、家族から日本の方が良いと反対されまして・・・。
瀧)ケニアでは、ご家族も一緒だったのですか。
城)そうです。当時、ケニアで1歳の子供と妻と3人で暮らしていました。現地の住環境は良かったのですが、家族は日本の方が良いとのことで、諦めました。しかし、「このまま日本で公務員をしていてもなぁ」と逡巡していたところ、知り合いの先輩の紹介で、2010年に楽天にお世話になることとなりました。
国土交通省から民間企業へ転職
城)楽天では法務部に配属となりました。前職の省庁で私が法律に関わっていたことから、法務部なら大丈夫と考えてのことだと思うのですが、NDA(秘密保持)契約などの知識もなく、Googleなどを使って基礎から勉強しました。
私が楽天に入社して1ヶ月後には社内コミュニケーションの英語化がなされ、担当していた取締役会の議事録も英語でとらなければならなくなりました。また、英語化と同時期に楽天では買収ラッシュが始まり、年間で20社ほどの買収を行っていました。当時は毎週のようにデューデリジェンスをしたり、買収先にヒアリングを行ったり、法務の業務を全くしたことのない人間にとっては、毎日がいっぱいいっぱいでした。
瀧)今のお仕事内容に関わるような政策関連の業務には、各プロジェクトの中で携わっていたのでしょうか。
城)新しいプロジェクトが始まるときにリーガル的に問題がないかというチェックや、新サービスはどのような規制が対象となるかといった確認を中心に行っており、今の仕事につながるようなことはほとんどしていませんでした。ロビイングの必要がある案件がでてきた場合には、法務とは別にあった政府渉外チームなどと連携することはありました。
瀧)では、政策を主に取り組まれるようになったのは、メルカリに移られてからなのでしょうか。
城)そうなんですよ。政策をメインで担当している期間は、実はそれほど長くないんです。国家公務員のときに培ったキャッチアップ能力をフルに稼働させて、何とか対応してきたという感じかもしれません(笑)。楽天を退職後、メルカリに法務として入社し、純粋な法務だけでなく、リスク対応や、知財管理、内部監査などの業務に携わるなかで、段々と政府渉外のバランスが大きくなっていきました。
(オンライン対談の様子:左上が城さん)
瀧)政策として一つのテーマを掲げて取り組む際には、その裏でとても細かい規制調査や制度を見直す検討などが必要になるのではないでしょうか。政府渉外には、細かいポイントに向き合うということが重要なのかもしれないと私は感じています。
城)そうですね。Eコマースを例に出しますと、原則は法律で禁止されているもの以外は、何を取り扱ってもよいことになっています。しかし、「業者として販売する場合」と「個人として販売する場合」で規制が異なるなど、細かい問題も数多く残されていました。出品者が業者に該当するか否かの判定も難しく、どのように社内で規程を定めたり、自主規制を組み立てるのかという検討が難しかったですね。法令遵守のみならず、社会の慣習や倫理的な観点からの検討も必要でした。
その時にやはり重要だと思ったのは、「社会とどのようにうまくコミュニケーションをとるか」でした。当時のベンチャー業界全体の雰囲気として、「法令遵守は徹底するが、あまり社会に迎合しない」という雰囲気が少なからず存在していたのかなと思います。
官庁の監督に関しても、現在は各ベンチャー企業にヒアリングを行うなどの取り組みが行われていますが、数年前までは、まだそのような事例は少なかったように思います。
PAとベンチャー企業
瀧)そうですね。ここ数年で潮目が変わったと私も感じています。マカイラさんの目線から見たベンチャー企業のPAについて、お聞かせいただければと思います。
城)PAと我々は呼んでいるのですが、世の中の方にはまだまだ耳馴染みがない言葉だと思います。これはパブリックリレーションズ(PR)の一部であり、「ステークホルダーや社会全体との関係構築」を指す言葉と我々は整理しています。広義のPRとして、「政府や業界団体など非営利団体に対し、企業の社会性や公共課題解決などを中心に関係構築を推進すること」が主な目的と言えますね。
従来の典型的な大企業の場合、自社の業界で団体を構築して、そうした活動を行ってきました。ただ、ベンチャー企業はそのような部署や人員を割くことは難しく、なかなか社会性の強い活動を行えない実情があります。私はかねてから、そうした実情に対し、企業が社会活動に関わるチャンスを逃しているのではないかという課題を抱いていました。それは自分がITやベンチャー企業で勤務する中で、「もっと早くから自分たちの活動が社会的に利用してもらえれば、意義があるものになるのではないか」と考えていた事が背景になっていると思います。
しかしながら、前述の通り、ベンチャー企業がそのような体制を整備するのは難しく、専門的にサポートできる仕組みや社会的に受け入れられる活動が広まっていけばという思いで、弊社は活動に取り組んでいます。
瀧)このような活動の温度感は、海外では異なるものなのでしょうか。
城)アメリカのほうが社会的な受け入れられ方を気にする企業が多く、「企業が長期的に成長するためには、社会的な活動を行う必要がある」と経営者が認識している傾向が強いと思います。弊社は日本での事業展開を前にした外資系企業からの依頼をいただくこともあるのですが、本国の活動などをヒアリングすると企業規模が小さいうちからPAの活動を続けてきたケースを多く見受けます。
瀧)私達も、PA活動だけでなく事業も含めてワンストップでマカイラさんにサポートしていただいているなと感じています。ベンチャー企業はグレーゾーンを攻めないとビジネスを作れないという意見も世の中にはある中、まだ参入していないホワイトゾーンもたくさんあり、それに対してベンチャー企業がどう社会課題の解決とサービスを繋げられるかがカギになると私は思っています。
城)そうですね。現状の法律がデジタルな世界を前提として制定されていないので、ベンチャー企業など民間が開発したサービスや商品が、結果的に法律の規制対象となってしまうケースはよくあります。法律の立法趣旨に反しているわけではないのにサービスを提供できない事例を目の当たりにすると、「社会のために」という視点からはとてももったいない気がします。
先ほど、省庁などが民間企業にヒアリングをする機会が増えたとお話しましたが、世の中の全てのサービスを監督官庁が単独で追いかけることはもはや不可能なので、そのような情報を適切に提供し、官民で議論を重ねる橋渡しのような活動も意義があると考えています。
瀧)PAという観点で、マネーフォワードという会社をどのように見られていますか。
城)以前からマネーフォワードさんはPA活動をうまく行っている会社だと思っています。CEOである辻さんをはじめ、瀧さん、執行役員の神田さんなど、対外的なコミュニケーション力が高く、自社のことを上手に社会に伝えていると感じていましたし、主に政治行政との関係については、他の会社よりも格段にうまく取り組まれているなという印象です。
PAの推進に必要な要素
瀧)ありがとうございます。よく聞かれるのですが、このような活動は属人的なものなのか、もしくは体制を整えれば誰でも成功するものなのでしょうか。
城)結論としては誰でもできるものだとは思っています。しかし、「何のためにこの活動をしているのか」という思いが強い人が大きなパフォーマンスを発揮するのではないでしょうか。一つの活動が大きな効果を生むことは稀ですが、「地道な積み重ねでゴールを常に描けるか」という点が重要だと思います。「社会に受け入れられるためにどうすればよいか」が大きなテーマの活動なので、すごいアイデアは必要なく、いかにコツコツ活動ができるかが大切な仕事だと思っています。
瀧)ベンチャー企業のPAは、特に経営陣の思いに強く依存するような印象もあります。
城)ベンチャー企業のPAは、その要素が強いと思います。まさに成果がなかなか見えない活動ではあるので、長期的な思いをもって、活動の意義を自社内に説明し続けられるかは大切だと思います。
瀧)本日は城さんのご経歴やPAに関するお考えをお教えいただき、貴重なお話を伺えました。本日はありがとうございました。
城)こちらこそありがとうございました。