変容するユーザーニーズに寄り添う「金融DX戦略」とは?

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1.はじめに

最近、「金融機関のDX戦略」や「金融DX」という言葉がよく聞かれます。多くの金融機関がDX戦略を重要な経営戦略の一つと位置づけ、中期経営計画などに盛り込んでいます。

さらに、今年に入ってからの新型コロナウイルス感染症の対応の中で、地域金融機関にとってのDX戦略は重要性を増しているように思われます。

そもそもDX戦略の「DX」とは、「デジタルトランスフォーメーション」のことを指し、金融庁の公表資料によると「デジタル化の進展に応じたビジネス・業務の変革の動き」と位置付けられています。

本稿では、現状の変化について概観した上で、地域金融機関にとってのDX戦略とはどうあるべきかについて考えてみたいと思います。

2. 金融行政のこれまでの流れ

「DX」という言葉自体はここ2年ほどの新しいものですが、「DX」に至るまでの金融行政の変化をみると、その位置付けがよくわかります。

少しさかのぼって、2008年のリーマンショックは、デリバティブや証券化などリスク管理の高度化の行き過ぎによって発生したという経緯は、金融業界ではよく認識されていると思います。このリーマンショックにより、海外では経営危機に陥った大手金融機関によるリテール向けと中小企業向けのサービスの縮小や切り捨てなどの動きが広がり、金融機関を解雇されたスタッフがIT系の企業に転職したことで、金融機関以外のIT系企業による金融サービスの提供、今でいうFintechの台頭につながりました。

日本では、直後に発生した東日本大震災もあってゼロ金利からマイナス金利と金融政策が強化される一方で、金融機関の営業現場では金融円滑化対策などの守りの対応が続き、金融機関全体の収益性が低下する中で明確な打開策が見えない、閉塞感が強まっていく時期が長く続くことになります。

こうした中、金融庁の森長官の下で公表された「金融行政方針 2016年版」では、「スチュワードシップ・コード」、「共通価値の創造」、「FinTech」などの新しい概念や取り組みの方向性が取り上げられました。これらの提言に共通しているのは、「顧客本位の良質な金融商品・サービスの提供」という考え方でした。

そして、後任の遠藤長官のもとで作成された昨年(2019年)の金融行政方針は、題名自体が「利用者を中心とした新時代の金融サービス」となり、最重要課題として「金融デジタライゼーション戦略の推進」が掲げられたのでした。

こうしたグローバルな金融サービスや日本における金融行政の流れをみてくると、「金融DX」のポイントは、「デジタル化により顧客の課題解決をサポートすること」であることが分かります。ここ数年進められてきた「オープンイノベーション」や「銀行APIの導入」も、この考え方が背景にあると考えれば、その位置付けがよくわかるのではないでしょうか。

3. 新型コロナウイルスの影響

今年に入り、新型コロナウイルスの感染症対策などによりユーザーの行動は大きく変化しています。

外出自粛やソーシャルディスタンスなどの意識の変化が背景となり、リモートワーク、オンライン会議、キャッシュレス決済、ネット販売やデリバリーの活用など、ユーザーの行動に急激かつ大規模な変化が起こりつつあります。また、衛生面や健康面の重視、不安の拡大などにより、家計や将来設計・老後資金の見直し、家族の絆や自分らしい生き方の追求、中央一極集中から地域分散社会への転換など、生活様式や生き方そのもの、国のあり方などにも急激な変化が起こりつつあるように見受けられます。

この4月〜6月にかけて、「ネットバンキングの利用急増」、「スマホで少額融資」、「ネット証券口座開設急増」といった新聞記事を時々見かけました。マネーフォワードが地域金融機関等に提供している通帳アプリの登録数も、5月〜6月にはコロナ前の今年1〜2月に比べて1.6〜1.7倍に増加しています。また、同じくマネーフォワードが5月に実施したアンケートでは、4割のユーザーが「新型コロナウイルスの影響でキャッシュレス決済を以前より利用するようになった」と回答しています。

つまり、金融DX戦略の起点となるべきユーザーのニーズが急速に変化しているのです。

(出典)マネーフォワード「コロナ禍の個人の家計実態調査」(2020年5月)

こうした変化自体は、IT化やFintechの進展の延長として、ある程度予想されていたものでした。もっとも、その実現のスピードは、大方の金融サービスに携わる人々が予想していたよりも5〜10年早まったというイメージではないでしょうか。

さらに、矢野経済研究所のアンケートでは、「(現在起こっている変化が)あくまでも一過性のものであり、社会の在り方や価値観は変わらない」という質問に対して、実に85%以上の回答者が「そうは思わない」と答えています。

あくまでも一過性のものであり、社会のあり方や価値観は変わらない

※ n=810

(出典)「速報:新型コロナウイルス収束後の日本経済と成長市場」(矢野経済研究所、2020年6月)

つまり、ユーザーの意識や行動は大きく変容し、そのスピードは5〜10年早まっていて、この変化は一過性のものではなく社会の在り方や価値観が大きく変わる不可逆的な変化である、と解釈できるのではないでしょうか。

4. それぞれのプレイヤーのDX意識

もっとも、こうした現状の変化に対する意識は、プレイヤーやステークホルダーによってまちまちなように感じます。

Fintech企業は、そもそもユーザーのニーズを起点とした金融サービスをスマホやインターネットを通じていち早く提供してきたこともあり、今回のウィズコロナの状況下で、その取り組みをさらに加速させています。

政府・当局も、これまでFintechやキャッシュレスなど、DXにつながる施策を進めてきましたが、ここにきてさらに施策の範囲を広げ、推進を強化しています。例えば、長年見直しが進んでこなかったハンコや押印については、内閣府・法務省・経産省が連名で「契約書に押印は必ずしも必要ない」「メールの履歴等で契約を証明可能」といった見解を公表し、リモートワークを後押ししているほか、金融庁も押印見直しに関する検討会を立ち上げるなど、変革の動きを早めています。

一方で、地域金融機関のDXの意識は全体としてはやや弱いように見受けられ、一部のDXに注力している金融機関との二極化の傾向が強まっているように見受けられます。

地域金融機関の中にも、取引先との打ち合わせにオンラインツールをいち早く導入したり、銀行APIの提供に合わせて新たなスマホアプリの構築に取り組み始めたりする金融機関も見られています。また、一部の金融機関では、支店や営業部署のペーパーレス化とレイアウトの見直しのほか、ATMやタブレットなどの窓口以外での非対面処理の拡大に迅速に着手する動きも見られています。一方で、これまでの横並び意識を継続し、周囲の取り組みを眺めながら決断しきれずにいる金融機関も少なくないように思われます。

5. 地銀にとっては大きなチャンス

もちろん、新型コロナウイルスによる様々な変化は、経済の停滞や消費の低迷などにより地域金融機関にとって短期的には「大きなピンチ」と認識されているものと思われます。もっとも、中長期的には、新型コロナウイルスによるユーザーの意識・行動の変化は、決してピンチではなく、むしろ取り組み次第では大きなチャンスになりうるのです。

受け手の取引チャネルがインターネットにシフトしたり、セミナーや打ち合わせがオンラインで行われたりするようになると、中央との情報収集や情報発信に掛かるコストがこれまでよりも低下し、これまでの地域のデメリットだった情報格差や人材獲得格差を縮小することが可能になります。

これまで必要と認識していながらなかなか着手できなかった金融機関の店舗数や立地の見直し、人員戦略なども、この機会に大幅な見直しを進めるべきでしょう。

また、東京一極集中の見直し機運が高まり、地方分権・分散の取り組みが強まると、中央から地方へと人の流れが変化し、過疎化や少子高齢化といった地方の課題への解決策を見出すことも可能になるのではないでしょうか。

もっとも、足元のピンチを先行きのチャンスに変えられるかどうかは、金融機関の情報収集力・発信力のほか、Fintech企業などの先進的なパートナーとの協業、ユーザーへの訴求の強化、などが鍵を握ることになると考えられます。

つまり、金融DX戦略が、地域金融機関にとっての二極化の分かれ道になるのです。

6. ピンチをチャンスに変える地銀のDX戦略とは?

それでは、ピンチをチャンスに変える地銀のDX戦略とはどのようなものなのでしょうか。

(1)オンライン取引やキャッシュレスへの対応

まずは、急速に変化するユーザーニーズに、迅速に対応する必要があります。「オンライン」、「キャッシュレス」、「モバイル」などがキーワードになります。具体的には、以下のような対応を検討する必要があります。

・店舗やATMの配置見直し
・スーパーなどでのキャッシュアウトの実施
・通帳アプリの導入、無通帳化の推進
・キャッシュレス決済やオンライン決済、更新系APIへの対応
・オンラインによる融資・資産運用相談
・中小企業のIT化のサポート

(2)データの利活用の推進

ユーザーニーズに対応するためには、そのニーズを正確に把握する必要があります。ユーザーとの接点は対面からオンラインやモバイルに変化していきますから、そこから入手できるデータの収集・活用が必要になります。また、デジタル化を推進することで、従来に比べて格段に分析・活用しやすいデータを収集することが可能になります。具体的には以下のような対応を検討する必要があります。

・家計簿・会計ツールの導入、それらのデータの分析
・データを活用した営業支援ツールの開発・導入
・ライフプランシミュレーション機能の提供
・顧客情報APIの提供(本人確認や住所変更等の行政・事務手続きへの対応)

(3)金融機関自身の変革

データの分析・活用を進めていくためには、デジタル化やデータの利活用が可能な環境を構築・整備する必要があります。つまり、以下のような対応を検討する必要がありますが、そのためには、金融機関自身の業務プロセスや働き方、セキュリティに対する考え方などを含めた、カルチャーそのものを変革することも必要になると考えられます。

・在宅・リモート勤務、ペーパーレスの推進
→ クラウドの導入、データの蓄積・社外環境からのアクセス確保

・オンライン会議、オンライン営業の推進
→ チャットツールやオンライン会議ツールの導入

・勤務管理や経費精算の見直し、押印の削減
→ クラウドでの勤怠管理・経費精算ツールの導入

・金融機関だけでなく取引先中小企業や地域全体のIT化
→ IT化を支援するためのコンサルティング部隊の創設

(4)デザイン思考で高速PDCAを回す

上記のような対応に共通するのは、ユーザーを起点に考えること、ユーザーが求めているのは何か、どうすれば使いやすいサービスを提供できるのかを常に自問することです。

ユーザーのニーズに合わせてUI /UXをとことん磨くことは「デザイン思考」です。

さらに、ユーザーのニーズは急速に変化していますから、「デザイン思考を起点に高速のPDCAを回すこと」が求められます。

このことを実現するためには、経営陣のリーダーシップのもとでのフラットな組織、現場の判断を尊重する文化、十分な権限移譲、横断的なコミュニケーションの充実、などが求められます。つまり、ITガバナンスの見直しも必要になるのです。

7.おわりに

地域金融機関にとって、一人ひとりのユーザーのニーズを把握し、それに寄り添ったサービスを提供するということは、「地域全体のニーズを把握し、地域に寄り添ったサービスを提供すること」にほかなりません。

金融機関自身や取引先のIT化を推進し、オンラインでの情報収集や情報発信を強化することで人材やビジネスを引きつけることができれば、その地域の魅力は高まり、活性化することが可能になります。金融機関の収益や経営にとっても大きなメリットがもたらされることでしょう。

新型コロナウイルス感染症の拡大の中で、ユーザーの行動がオンラインやキャッシュレスにシフトし、密から疎へ、中央から地域へと意識や人の流れが向かっているこの時期にこそ、アフターコロナに向けた正しい布石を打つことが必要です。

新型コロナウイルスによって、ユーザーの行動の変化は5〜10年早まっており、この変化は元には戻らない、むしろ加速していくのですから。

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