2020年Fintech界重大ニュース

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はじめに

今年も早いもので年の瀬を迎えようとしています。今回は昨年に引き続き2020年に日本で話題となった金融関連のニュースを振り返りながら、マネーフォワード Fintech研究所長の瀧による独自の目線での解説や今後の展望をインタビュー形式でお届けします。

合江)今年もFintech業界の振り返りをしていただく季節となりました。よろしくお願いします。

瀧)よろしくお願いいたします。今回は日本金融通信社が毎年出されている「あなたが選ぶ2020年の金融界の10大ニュース」のノミネートとなっている40項目を参考に、テーマを選ぶことにしましょうか。

新型コロナウイルスが与えた影響

合江)まず初めに、新型コロナウイルスの世界的な拡大によって、これまで各国が積み残してきた政策や社会課題が前に進んだのではないかという感覚を持ちました。それは日本でも実感する場面が多かったと思うのですが、世界的にはいかがでしたか。

瀧)海外でも、給付金の申請を役所の窓口で行う必要があった、というニュースもありましたね。決して日本だけが遅れていたわけではないと思います。

日本の役所は海外よりも高い水準で行政サービスを提供されています。多少の不満はあるにせよ、行政手続きがその日にできてしまうという事が、逆に行政のデジタル化が進まなかった理由ではないかと感じました。

アメリカだと、役所は行きたくないと思わされるような対応を受けることがしばしばあるんですよね。

合江)そんなひどい対応をされるんですか・・・。

瀧)行政に限らずですが、アメリカではそうした対応をされるのが嫌だからこそ、インターネットサービスの普及が進んできたと思います。日本はそのような観点で、社会のデジタル化には常に不利なのかもしれません。

ただ、さすがに今回のコロナ禍によって、非対面型の社会に移行せざるを得ない環境におかれたことで、日本でもデジタル化が進むこととなりました。

具体的には、今年の前半から中盤にかけて紙やハンコ主義からの脱却が取りあげられました。更に進んだ議論として、「紙による手続きではなく本来はData to Dataにしなければいけないよね」という検討が改めて進んだのはとても重要です。仕事や商談もオンラインで進められるようになって、コミュニケーションのあり方が変わり、生き方や空間感覚を変えたのではないかと思います。

合江)金融やFintech業界は、この一年どのようにコロナと向き合ってきたのでしょうか。

瀧)業態を問わず、状況は大きく変わりました。

例えばある保険会社では、リモートワークにより営業先のオフィスに人がいなくなり、販売が難しくなったそうです。一方、パンデミックによって、生命保険のニーズ自体は意識されるようにもなりました。

対面での営業や接客が難しい中、ニーズの高いサービスをどのように届けるかという課題は業種を問わず、大きなテーマになったと考えています。保険会社の例を挙げましたが、金融業全体として考えると、まだまだデジタル化を進める余地があると感じています。

公的手続きの効率化について

合江)先ほど少しお話しいただいたのですが、2020年になってから行政の手続き関連において、ハンコ脱却の動きやマイナンバーカードの普及について報道されることも多かったと思います。

瀧)マイナンバーカードが普及することは非常に重要だと思います。最近は良く知られるようにもなりましたが、マイナンバーとマイナンバーカードは相当に別物です。マイナンバーは、その用途となる範囲はとても狭いのですが、マイナンバーカードは様々な目的に使うことができ、従来の免許証などに代わっての発行が可能になるなど、利便性を高める試みが進められています。多くの人がマイナンバーカードを持つようになれば、金融業もかなり変化していくと思います。金融は、そもそもコミュニケーションに認証が足されることで成立するので、例えば私が口頭で合江くんに1万円あげるといっても「嘘です」と言えるけど、印鑑証明と実印を突いた覚書とかを渡すと「嘘です」と言えなくなってくるんですよ(笑)

合江)なるほど、とてもわかりやすいです(笑)

瀧)それをデジタルに置き換えると、マイナンバーカードのチップをスマートフォンのリーダーで読み取って、その認証付きの契約書を誰かに送付すると、「本人の認証を受けた取引」として使えるようになります。コミュニケーションに認証が加わることが、約束としての効力につながるのであれば、日常的な取引などは第三者に認証してもらわなくても、個人で可能になるという世界も広がっていくかもしれません。

そのような利用イメージが広がることも、マイナンバーカードの普及を進める中では大事だと思います。社会を次のレベルにアップデートし、昔より便利で安全な社会になったと言えるようにしていくことが、大きなポイントになるのではないかと考えています。

振込手数料と全銀ネットの見直し

合江)今年は銀行間振込の手数料の見直しについて、公正取引委員会が報告書を出したことも話題になりました。なぜ今年のタイミングでこのトピックが出てきたのでしょうか。

瀧)まず大きな背景としては、近年キャッシュレス決済が推進されてきたことがあります。

それまでのキャッシュレス決済は、主に金融分野の論理の中で物事が決まり、手数料などが決定されてきたのですが、新興系のキャッシュレス事業者が出てきた中、他業界の慣行との違いが浮き彫りになったのだと思います。具体的には、〇〇Payというような決済サービスで、〇〇Payを使うためには銀行口座から残高を移す必要があるわけですが、その裏側で決済事業者に銀行から課される手数料の条件が厳しく、参入障壁が高いのではないかという議論がありました。さらには、金融機関も自ら決済サービスを展開し始めたことで、参入障壁の違いがアンフェアであるという見方が生まれました。それは、消費者に選択肢を提供するという観点からも、課題であったといえます。

合江)その議論は、全銀ネットの見直しや送金手数料の値下げにどのように影響したのでしょうか。

瀧)公正取引委員会の報告書の概要1枚目「競争政策上・独占禁止法上の考え方」の右枠を見てください。1つ目に資金移動業者へのチャージをする際の手数料に関する懸念点、2つ目に例えば電子マネーで売り上げた金額を出金する際の銀行間の手数料に関する記載があります。

(引用:公正取引委員会/フィンテックを活用した金融サービスの向上に向けた競争政策上の課題について/令和2年4月21日発表資料)

公正取引委員会は、例えば銀行系の電子マネーから同じ銀行の口座への入金は手数料が必要でない一方で、新興系の電子マネーから口座への入金は手数料がかかりうることについて競争政策上の問題を指摘しています。この点を解消しないと、利便性による競争が促進されなくなってしまいます。

また、全銀ネットの見直しは、振込の手数料が高いことの背景として取りあげられた話題だったので、更に注目を浴びることとなったと考えています。具体的には、銀行間の決済を行う際に送金側から支払われる手数料の水準が数十年にわたり変更されておらず、現在の事務的なコストと見合っているのかと言う点が述べられています。

もともと全銀ネットの改革も必要だと考えている人はたくさんいたのですが、実際にどこにどのような問題があり、何を変えればよいのかわからない、といった状況でした。この度の一連の検討の中で、その構造や今後のあり方に光が当たったことが今年の大きな変化だと思います。

中央銀行デジタル通貨について

合江)次に、CBDC(中央銀行デジタル通貨)についてもニュースで取りあげられていましたが、今年の世界的なデジタル通貨の議論についてお聞かせいただけますか。

瀧)中央銀行デジタル通貨とは、物理的な「現金」を国がデジタル化するもので、主要各国の中央銀行が今年に入り専門的な知見の共有グループを立ち上げました。日本銀行も今年の10月に「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」という報告書を発表しています。デジタル通貨の種類はいろいろありますが、ハードルは高いながらも最もイメージがつきやすいモデルとしては、国が一般利用型の電子マネーを提供するというものがあります。

報告書内で日本銀行は、現時点でデジタル通貨を発行する計画はないと述べています。しかし、一般利用型CBDCに関する言及をした事はとても重要と考えています。仮に、誰でも使えるデジタル通貨が残高の上限なく保有できてしまう状況が起きると、預金口座を金融機関が提供する必要が無くなるという懸念もあります。

レポートにも記載がありましたが、現金に依存しなくなる社会というのは重要です。「現金」の物理的な機能を、バーチャルでも同じように提供できるのであれば、一般的に受け入れられやすいのではないかと思います。物理的な現金の維持にかかるコストは大きいですし、現金を用いた手続は常にアナログなので、別途、例えばデジタルな認証や情報を伝える必要もあるためです。
最終的に、様々な認証までをも支払いの体験の中に含めていくことは、色々な費用の削減につながります。金融庁の氷見野長官は「今の世の中の手続きの多くは人間の確認が必要であり、データ化とデータ処理の自動化が進めば、人間が確認等の手続きをする必要がなくなる」と今年8月に開かれたブロックチェーンに関するカンファレンスのスピーチ(注)で述べていますが、世の中の多くの手続きは、ある人がAさんであることや、その人が確かにBと言っていた、といったことを確認するために割かれており、その裏には人件費があるのですよね。

合江)究極的には仕事の内容を報告したり、勤怠情報を入力するだけで、報酬や給与が支払われることも将来的には考えられるのでしょうか。

瀧)そうですね。日常の生活やビジネスにおいて、必ずしも人間による確認作業が必要ではなくなり、AIなどにより自動化されることも考えられます。そうなると「働く」という観点では時給や月給という概念ではなく、業務ごとに報酬が支払われるという未来もありうるのかもしれません。

このような社会は少しSFのようですが、中央銀行デジタル通貨の発行によって、企業間の取引や働き方など、新たな可能性や社会に良い変化をもたらす可能性が秘められています。これまでは、中央銀行デジタル通貨というのは、何か現実的ではない選択肢のように捉えてきたニュアンスがありましたが、来年以降はより解像度の高い、現実的な議論へと進んでいくのではないでしょうか。

地域金融機関の統合に向けた動きについて

合江)今年の地域金融機関の統合に関する議論や流れについて、解説をいただければと思います。

瀧)地域金融機関の統合に関する一般的な議論のポイントは、地域金融機関が融資等で基礎的な収益が確保出来る環境では、コスト削減の為に統合という選択肢もとりうる一方で、金利が極端に低い場合は収益の確保が難しく、統合による効果が見込まれにくいという点です。

グラフは銀行業の総資金利鞘の20年間の推移を見ていますが、銀行業を営むことで得られる基礎的な利益は何分の一という形で低減し続けています。

資金需要の低下や、政策的にもマイナス金利の継続は、結果として統合するだけではそう多くの問題を解けないという状況を作り出しています。

また、今後の日本では、銀行が減ることはあっても、増えることはない、という議論があります。信用創造や、様々な信頼に基づくサービス形成の個別性を大事にするための議論をしなければならないのではないかという意見もあります。

ドコモ口座問題

合江)次にドコモ口座のトピックは今年下半期で大きくニュースになりましたね。

瀧)そうですね。個人的には、今回のアクシデントが発生した際に、ユーザーの目線に立った問い合わせ経路が十分に整備されていなかった点が課題だったのではと考えています。実際に、お客様から預かったお金が知らない間になくなっていたわけですが、そのことに対しての責任の所在やお客様の問い合わせ先が不明確だったことが、何よりも社会的関心の中央にあったと思います。

この問題の根源は、チャージをする際の、銀行側と電子マネー側の双方において、セキュリティ上の安全性担保がされていなかったことにあると考えています。それらは、それぞれの事業者が対応するという方策として対応が進んでいますが、より本質的には、既にしっかりとしたセキュリティ面での投資が行われているインターネットバンキング(IB)と、APIを活用することが重要だと考えています。

IBからチャージが可能となるロードマップは、これまであまり取り上げられてきませんでしたが、APIが21世紀のATMであることに鑑みれば、ATMの最大のユースケースである現金の引き出しは、セキュアな電子マネーのチャージに使えるAPIによって代替されることが、安全性の担保という観点でも効率がよく、今後求められることではないかと考えています。

2021年の金融業界の展望

瀧)世界的に再びロックダウンが起きている国もあるので、展望を立てにくいですね。今後、更にパンデミックが広がった場合に耐えきれなくなる企業は日本でも更に増え、その結果、国家や金融業全体に損失が発生する点が懸念されます。

2020年はコロナ禍によって日本の行政のデジタル化が促進したという点では、来年はデジタル庁が発足し、利便性の高い行政インフラが提供される事が予定されています。具体的には、マイナンバーカードを皆が持つ社会や、行政インフラに関連する多くのサービスが台頭するのではと予想しています。もちろん私達も付加価値を出せるサービスを考え、社会に貢献していきたいです。

他に、2020年は「低炭素社会」について更に関心が集まりました。世界的な大きな流れとしては、企業のイノベーションを通じて、世界的に炭素の使用量を減らそうという動きがみられています。この動きは来年さらに強まることが予想され、日本でもエネルギー政策について、国家としての強い意思決定が必要になると考えられます。

また、エネルギー問題に関連し、国内産業にも変化が求められているといえます。「低炭素社会」への移行は、日本の主力産業である自動車産業などに大きな影響を及ぼすと考えられます。日本が小規模な内需産業しか無い国家になってしまわないよう、2021年は「低炭素社会」および「脱炭素社会」について、日本全体が重く受け止め、真剣に今後のあり方を考えることが鍵になると考えています。

今後の日本の全体的なあり方として、デジタライゼーション政策に関する自民党の提言「デジタル日本2020」を日本全体で実行したらどうなるのかと考えた時、「働く人にとっての会社の役割」や「人との距離やコミュニケーション」など、改めて一人ひとりが考えるべきテーマは来年もたくさん出てきそうですね。

合江)ありがとうございます。2020年に巷で話題になった金融に関するニュースをテーマとした瀧さんの解説や来年の展望など、貴重なお話を伺いました。本日はありがとうございました。

瀧)ありがとうございました。

(注)金融庁 氷見野長官/Blockchain Global Governance Conference, FIN/SUM Blockchain & Businessでの閉幕スピーチ“Is Satoshi’s dream still relevant today?”/2020.08.25

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