「マネーフォワード Fintech研究所 瀧の対談シリーズ」の第9回目をお届けします。今回は、プログラマーで電子掲示板「メロウ倶楽部」の副会長を務めておられる若宮正子さんをお迎えし、これまでのお仕事やITとの出会い、未来の日本のために必要な提言についてお伺いした内容をお届けします。
今回のゲスト: ITエバンジェリスト 若宮正子さん
東京都生まれ。1954年に三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行後、女性で初めて企画部門の管理職となる。1997年に(同行及び関係会社、嘱託などを含め)退職後、パソコンを独習し、81歳でアプリ「hinadan」を開発し米・アップルの開発者会議の時期に合わせてapple社 CEOに招かれる。2018年NY国連社会開発委員会で基調講演を行う。ブロードバンドスクール協会理事として、シニア世代へのデジタル機器普及活動に尽力。メロウ倶楽部 副会長、特定非営利活動法人ブロードバンドスクール協会 理事。
はじめに
(以下、敬称略)
瀧)本日はお時間をいただきありがとうございます。
今日は、若宮さんにプログラマーとしてだけではなく、人生感や、普段どのようなことをお考えなのかというところもお伺いできればと思います。
最初に若宮さんのこれまで、いやこれまでといっても長いと思うのですが(笑)特に銀行におられた頃についてお聞かせください。
若宮)私は少し特殊な時代に生まれまして、小学校(当時国民学校)の頃には、日本は第二次世界大戦の中におりました。その他にも学童疎開でひどい食糧難などを経験しています。戦争が終わり、世の中の混乱が収まってからは高校を卒業し、当時の三菱銀行に入行しました。
私の入行は1954年のことですから工場などの機械化は進んでいましたが、会社のオフィスワークの機械化という点では江戸時代から変わらない環境でした。お札は指で数え、計算はそろばんを使い、記帳も手書きで対応していたような時代でしたので、なかなか仕事を早く進めることができないような状況でした。
そのうち徐々に機械化が進んでくると、どんなに仕事ができる人でも機械のスピードには追いつかないようになり、機械化・コンピュータ化は人間を単純な反復作業から開放してくれたと感じました。その頃は専門の教育訓練を受けた人だけがコンピュータに触れることができたのですが、退職する直前の58歳くらいから一般的に個人向けのパソコンが普及してきました。私は物好きなので早速パソコンを購入して、「メロウ倶楽部」の前身である「f-Mellow」というシニアの交流サイトに入会したことがITに触れた瞬間でしたね。
(対談の様子 若宮さん(写真左)と瀧(写真右))
三菱銀行でのお仕事
若宮)私が働いていた1950年代から70年代の環境についてですが、1980年代頃に「なぜ若宮さんは大学に行かなかったの?」と聞かれることがありました。これは、私が就職した1950年代当時の企業は大卒の女性を進んで採用しなかったという事が背景にあります。当時の結婚年齢の平均は20代前半でしたので、やっと仕事に慣れてきた頃に退職するケースが多かった為というのが建前ですが、本音は当時の社会全体で「女性が学問をすると生意気になる」という風潮があったからだと考えています。
また、現在機械が処理している事務作業を手作業で正確に迅速に処理でき、上司に従順な社員というのが高卒社員の望ましい理想像とされていたなと思います。しかしながら、当時は男女差別という議論に及ぶことはなく、採用してもらっただけでもありがたいと私達も思っていましたので、どちらかというと男性の大卒と高卒間の軋轢のほうが大きかったと思います。
私は、職場では「提案型」の人間で、自分のキャリアプランを考えること無く、当時から業務改善提案や新商品企画提案を本部に提出したりしていました。そんな中ある時、業務企画セクションに移ることになりました。当時は業務企画セクションに高卒の女性が異動する事は通常考えづらい時代だったのですが、高卒・大卒の軋轢を改善する社内試験が行われ、そこにチャレンジしたこともあって管理職になりました。
その後は新商品の企画に関わりました。他行間との口座振替を行う「ワイドネット」や回収代行システムなどを企画していました。その点では当時のFintechに関わる仕事をしていたのかなと思います。
瀧)凄いです!まだ「ワイドネット」は銀行で広く使われていますよね。
若宮)そうですね。そんな事もあり、三菱銀行の当時の女性の枠ではできる限りの処遇をしていただきました。当時の頭取はクロちゃん・・・あ、畔柳さんでした(笑)彼に、当時から評価をしていただいていました。今も何かあるとクロちゃんに相談をしたりしています。
瀧)最近は、債権を期日前に一定の手数料を徴収して買い取る「ファクタリング」などで口座振替の仕組みが使われていますが、Fintechそのものに関わっておられたんですね。
若宮)そうですね。私が銀行にいたころには実現しなかったのですが、「丸の内決済システム構想」という決済の仕組みを考えていました。これは、会社間で膨大な量の請求書が日々行き交う中で、「丸の内決済システム」によって、加盟する企業間の請求書を統一の決済システムに集約させることで相互間の決済を一括処理する仕組みを作るという構想でした。
瀧)すごいですね!実際に現在は手形や売掛債権を電子化する「電子記録債権」という仕組みや、再来年には適格請求書を電子化する「電子インボイス」という仕組みも進んでいきますので、「丸の内決済システム」から拡大して「全日本決済システム」が普及する日も近いかもしれないですね。やはり、先進的な世界観をお持ちの方は、未来が見えるのだなとか思いました。
若宮さんから見られた「ダイバーシティ」とは
瀧)少し話が戻るのですが、女性にそもそもキャリア形成というイメージがない時代のお話がありました。若宮さんがお考えになる、ダイバーシティについてお聞きしたいです。
若宮)前提的なところからお話しますと、高度経済成長期から続いている今の量的拡大主義は現代の人間を幸せにしないのではないかという疑問を持っています。そのため、これからはダイバーシティというよりも、「全ての人類・生き物が末永く幸福に暮らせる地球環境を考える時代」という観点の議論が必要になると思います。
この議論から派生して、「国家とは何か」という議論に進む中で、より「地球主義」的な考え方が必要になると考えています。その点では、誰もが地球に迷惑をかけない範囲で好きなことをして生きることが尊重されるべきではないかと思います。
ダイバーシティという言葉は非差別に基づいていると思うのですが、差別が起きる理由は、人を判断するときに簡単でわかりやすくしたいからだと考えています。例えば就職面接の際、大企業が大勢の面接希望者の中から数回の面接や試験で自社に適性があるかを判断するのは難しいわけですね。なので、大卒というステータスを重視したり、〇〇大学であれば大丈夫だろうというような判断軸を持っていたのだと思います。
ところが、これからは定型的な仕事は機械化され、発想力や物事を見極める力が必要になるため、これまでの基準が役に立つとは限らないと思います。また、GDPの値を重視したり、パイを奪い合ったりする時代は終わり、自分の頭で考えて処理する力が必要になると思います。
瀧)ありがとうございます。すごいです、俯瞰のレベルが高いです。
長くサステナブルに人間が生きていくため、というビジョンの中で働き方を位置づけていかないとと、ちょっと反省しました。
そこから、いきなり現実的な質問に移ってしまうのですが、若宮さんご自身が貯金や投資をどのようにやりくりされていたのかという事に興味がありまして(笑)、よろしければお聞かせいただけますか。
若宮)私は高校卒業後すぐに銀行へ勤めはじめました。そのため月々の収入は安定していましたし、当時の銀行は世間相場よりも少し多めに頂いていたので、それほどやりくりに苦労する事はなかったですね。
運用としては公的年金と企業年金以外に、銀行時代の先輩の友人から個人向けの年金保険を勧められて、加入しました。ところが私が加入した当時からどんどん日本人の平均寿命も伸びていきましたので、ありがたいなと思っています(笑)。時代とともに人の寿命がどれくらい伸びるかということや、今回の新型コロナウイルスや自然災害等の事情を変数にして保険商品を販売するという事はすごく難しいんだなと思いました。
その他にも、銀行に勤めていた出身銀行の後輩たちから外国債券とかいろいろな商品を紹介してもらったので、社債などいくつかで運用しているような状況です。
瀧)貯金や運用に関連して、若宮さんご自身が家計簿をつけられていたことはありますか。
若宮)私自身は家計簿をつけたことがないのですよね。家計簿というのは、結婚している家庭で、夫のお給料から妻が家計をやりくりするなかで、いかに貯金をすることができるかという役割があったと思っています。昔は妻が家計の中から何かを買う時に罪悪感を覚えるようなイメージがありましたね。
退職後、再びプロの世界へ
瀧)ありがとうございます。若宮さんは銀行をリタイアし、セカンドライフを歩まれている途中から、現役の世界にカムバックされたという印象があります。その際に驚かれたことや感じられたことを伺いたいです。
若宮)1995年頃のインターネットが一般的に普及し始める以前、「パソコン通信」という電話回線を使った通信方式を用いていた時代に私も58歳で初めてパソコンを購入しました。当時はニフティが高齢者向けのITリテラシーを育てるクラブを構築していて、そこでいろいろな事を学びましたね。その後、先程もお話した「f-Mellow」という高齢者を対象にした交流サイトを立ち上げる際の設立発起人の一人となりました。
パソコン通信を用いていた時代に、通商産業省(現経済産業省)の方がニフティやビッグローブなどに声をかけて、高齢者向けにITを促進しないといけないという議論をしまして、その中でもニフティのサービスが広がっていき、私も加入することになったんです。
瀧)通産省の方もそんな早くから高齢者向けのITで動かれていたのですね。私の所での実験の話をさせていただくと、高齢者の方のお金の管理というテーマの中で、詐欺や高額な支出があった際に子どもや孫が見守ることができるサービスを実験したことがあります。この見守りというテーマがむずかしくて、あまり厳格に高齢者の方の行動を制限してしまう結果になるのは望ましくないですし、かといって大きなリスクを見過ごしてしまうことも避けたい、といったことのバランスが難しかったです。
また、そもそも「見守り」という言葉も適切ではないかもしれないと考える中で、自由な生き方を維持しつつ、リスクを回避できる仕組みを検討しています。
(対談の様子 若宮さん(写真左)と瀧(写真右))
若宮)素晴らしい取り組みですね。
瀧)実証実験として京都信用金庫様にご協力いただいたのですが、開始時のご説明や、わかりやすくお使いいただく方法という点でまだまだ課題があるなと感じました。この取り組み自体はとてもいい仕組みである一方で、本人の意思を丁寧にくみ取ってあげないと失礼な内容にもなってしまう点に気を付けていました。
若宮)仰るとおりですね。オレオレ詐欺では数十万から数百万の被害が出てしまうケースもあるので、高齢者に対する支援としては必要になると思います。詐欺の被害に遭われた方も、後々考えてみれば詐欺だと気づくケースも多いと聞きましたし、高齢者の自尊心を傷つけずに支援ができる仕組みが重要なのだと思います。
どんな人も銀行などの金融機関に月に1度以上は何らかの形で関わるわけなので、デジタル化戦略としても真っ先に取り組むべきテーマだと思います。また、ネットバンキング上で銀行取引をしている人からは、お金を詐取するのはすごく難しいという理解も必要だと思います。
瀧)まさに次お伺いしたいテーマもお話いただけたのですが、インターネットバンキングは日本中のあらゆる方が便利だと感じられるはずのサービスにも関わらず、普及率は未だ20%程度に留まっていますよね。
若宮)そうなんです。とても便利なサービスのはずなのに、なかなか広まっていないと思います。おそらく高齢者の多くの方は、非対面の取引は危ないと認識されており、できるだけ対面での取引にしたいという考えなのだと思います。一方で、高齢者といってもスマートフォンがこれほど普及していますので、リテラシーが十分備わっている方もいらっしゃいますよね。そのような事情から、私はデジタル庁が新設されたことを機会として、各銀行もインターネットバンキングの普及を目指した広報等に更に力を入れてほしいと思っています。
瀧)老若を問わずデジタルに強い人はいますし、そもそもスマホとかの端末もどんどん使いやすくなっています。まずはデジタルに触れて頂ける機会を増やすことが重要かもしれませんね。
日本のデジタル化の先で考えるべきテーマとは
瀧)最後に、デジタル庁の創設を含めて社会の期待が高まる中で、私も若宮さんと一緒に総務省のデジタル活用支援の委員をさせて頂いているのですが、この先で必要なテーマはどのようなものとお考えでしょうか。
若宮)そうですね。デジタル改革関連ですと、デジタル活用支援だけでなく国も企業もユーザーの視点に立ってユーザー・インターフェースを構築し、サービスを提供できているのかという点に立ち返る事はデジタル改革において今後ますます重要になると思います。
高齢者に対するIT社会との使い方という点では、人口の減少する日本で介護や支援を受ける際、人手をかけて支援を続けることは更に難しくなるため、機械化やデジタル化が必須になってくると思います。そのため、幸せな老後を過ごすためにも「老いてこそデジタルを使っていくべき」というメッセージを打ち出していくべきではないでしょうか。
個人的に注目している事として、今後はITリテラシーに限らず生涯学習の重要性が益々高まると感じています。ITの領域だけではなく、人類が生きて発展していくために必要な知識がどんどん増えていく中で、子どもたちがどうやって正しい知識を習得して、自分の力で考えてもらえるかを真剣に検討しなければならないと思います。
他にもESGの共通基準を設け、世界中の企業の活動の詳細を世界中の人々がチェックをすることで、地球人として地球を長持ちさせるという意識が必要な時期に差し掛かっていると考えています。
瀧)仰るとおり日本は先進国の中で早い時期から人口が減少した国ですし、国家や社会の変化に早くから気づいてきたはずなのに、現代のGDPのあり方の議論が十分ではない気がします。GDPの重要な要素に「国家の人口」という要素がある通り、GDPによる評価や経済の成長率の考え方を見直す時期なのかもしれません。
「これからの国家とは」というテーマに関連して、近代経済学者の父と呼ばれるミルトン・フリードマンのお孫さんが、海に浮かぶ国家を形成する活動を展開しているんです(画像)。これはパナマの領海から離れた沖合に家を作るという少々アナーキーな取り組みで、画像のような家を繋いでゆくゆくは大きな海洋都市を建設する予定とのことでした。
(Ocean Builders公式サイトより引用)
このような取り組みを見ると、インターネットさえあれば「情報」によって国家同士の競争がオンライン上で可能になり、自分にあった社会の風習や家族のあり方などを選択することができるのではないかと思っています。
若宮)面白いですね。これからの「国家」という概念を検討する中で重要な事例だと思いますし、必要な選択肢になるのかもしれません。やはり地球のレベルで社会の課題や国家について共通認識を持って考えていかなければなりませんね。
私もメディアの方に取材をしていただいたり、講演会などに呼んでいただいたりする中でちょっとした有名人のようになったのですが、これからもいろいろな人と関わって社会で起きている様々な問題に対して興味を持ち続けたいと思っています。
瀧)若宮さんのこれまでや、日本のデジタル改革及びこれからの社会で必要となる考え方についてお話を伺いました。
本日はお時間をいただきありがとうございました。
若宮)ありがとうございました。
本記事に関連して、株式会社NTTデータさんの金融DXチームが編集されているメディアサイト「OctoKnot」にも若宮さんへのインタビュー記事が掲載されています。
是非こちらも併せてご覧ください。