日本のFintech産業政策を振り返る

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Fintechという言葉が日本で注目され始めたのは2015年頃でしょうか。最近でも全銀ネットへの資金移動業の接続解禁や、資金移動業口座での給与受取開始に向けた制度整備の具体化、web3.0など、Fintechに関する様々な話題が注目されており、金融の1つのカテゴリーとして定着しています。

ところで、日本の政策面において、その黎明期にはどのような検討が行われていたのでしょうか。筆者は、経済産業省在籍時にFintech政策の立ち上げに関わる機会がありました。Fintech研究所に参画したこの機会に、経済産業省を中心とした産業政策観点での政策動向を改めて振り返ってみたいと思います。

Finechに関する産業政策観点での検討は、2015年10月に経済産業省「産業・金融・IT融合に関する研究会」(FinTech1研究会、2015年10月~2016年4月)で開始されました2。当社Fintech研究所長の瀧も委員として複数回参加しています。日本において黎明期であったFinTechに関する現状や課題を集中的に議論・把握することに重点が置かれたこの研究会は、その進め方にも以下のような特徴がありました。

・委員を固定せず、テーマに応じて参加者を募るオムニバス形式を採用(全11回で国内外から80名超が参加)。
・事務局は論点のみを提示、参加委員からのプレゼンテーションも最小限に絞り、毎回2時間のうち1.5時間程度を議論に充てる。
・パブリック・コンサルテーション(日本語・英語での情報提供募集)を実施し、委員外からも幅広く意見を募集。

半年ほどで11回の研究会が開催され、その成果は「発言集」3として公表されています。
FinTechを「技術を活用した顧客視点の利便性向上の動き」と定義し、技術的背景や応用領域、課題、対応の方向性などが幅広く論じられたもので、今でも一読の価値がある内容だと思っています。

その後、経済産業省においては「FinTechの課題と今後の方向性に関する検討会合」(FinTech検討会合、2016年7月~2017年3月)が開催され、その成果として、2017年5月に報告書「FinTechビジョン」が公表されました。
※本検討会合には、新経済連盟 幹事/FinTech PTリーダーとして、当社の辻も参加しました。

この「ビジョン」においては、FinTechサービスを通じた個人/中小企業の利便性や収益力の劇的な向上を念頭に、政策指標(Key Goal Indicater)として、「キャッシュレス決済比率」、「サプライチェーンの資金循環速度(SCCC)」、「バックオフィス業務のクラウド化率」を特定しています。
これらの指標は、同年6月に閣議決定された政府の「未来投資戦略2017」に、銀行におけるオープンAPIの推進とあわせてKPIとして明記されました。

          「未来投資戦略 2017」に明記されたFinTech関係のKPI 4

① 今後3年以内(2020年6月まで)に、80行程度以上の銀行におけるオープンAPIの導入を目指す。
② 今後10年間(2027年6月まで)に、キャッシュレス決済比率を倍増し、4割程度とすることを目指す。 
③ 今後5年間(2022年6月まで)に、IT化に対応しながらクラウドサービス等を活用してバックオフィス業務(財務・会計領域等)を効率化する中小企業等の割合を現状の4倍程度とし、4割程度とすることを目指す。 
④ 2020年度までに、日本のサプライチェーン単位での資金循環効率(サプライチェーンキャッシュコンバージョンサイクル:SCCC)を5%改善することを目指す。 

KPIの設定から5年の歳月が経ち、新型コロナウイルス感染症の流行といった大きな変化もありましたが、これらのKPIや、経済産業省の研究会・検討会合での成果は、「Fintech」という言葉で括られるサービスやエコシステムの全体像、その目指す方向性や提供価値といった大きな流れを捉える上では、なお有用なものであると感じています。

KPIの1つ1つの達成状況や今日における課題については改めて振り返りをしてみたいと思いますが、ぜひ当時の文書にも目を通してみてはいかがでしょうか。

【参考URL】
○経済産業省「産業・金融・IT融合に関する研究会(FinTech研究会)」https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/economy.html#fintech
○経済産業省「FinTechの課題と今後の方向性に関する検討会合(FinTech検討会合)」https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/economy.html#fintech_kadai
○経済産業省「FinTech(フィンテック)に関する初めての総合的な報告・提言「FinTechビジョン」を取りまとめました」https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11646345/www.meti.go.jp/press/2017/05/20170508001/20170508001.html
○日本経済再生本部「未来投資戦略2017 -Society5.0の実現に向けた改革-」https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kettei.html#tousi2017

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近年は1名詞として”Fintech”表記が一般的ですが、当時はFinance+Technologyの造語として”FinTech”表記がよく用いられていました。例えば、(一社)Fintech協会は、2017年7月に「T」を小文字とする名称変更を発表しています。本稿でも、当時の文書に言及する際には”FinTech”表記を用います。
2 なお、行政文書において初めてFinTechという言葉が用いられたのは、金融庁「金融審議会 決済業務等の高度化に関するスタディ・グループ 中間整理」(2015年4月)であると思われます。
3 研究会での委員の発言を分類・再整理した形の報告書です。KJ法(川喜田二郎法、詳細はwikipedia等を参照)を応用したものでした。研究会での委員の発言内容をそのまま活かした点が特徴です。
4「未来投資戦略 2017 -Society 5.0の実現に向けた改革-」(2017年6月9日閣議決定)より筆者作成。

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