日本でFintechという言葉が注目されはじめてから、早いものでもう8年ほどが経過しました。この間に当初想像もできなかったほど、Fintechは我々の生活に完全に根を下ろし、溶け込んだようです。
お店のレジ横には、利用可能な決済手段のロゴマークが所狭しと掲出されており(むしろ自分の使いたい決済手段を見つける方が大変なほど)、2020年生まれの息子とのお店屋さんごっこでは、お客さん役の息子に代金を請求すると、スマートフォンに見立てた積み木をかざして、元気よく「ぺいぺい!!」と決済音を真似して支払いを表現します。(ちなみに、握りしめた手を開きながら「ちゃりんちゃりん」と、小銭の金属音を表現したことはまだありません。)
一方で、Fintechの社会実装が進んだ昨今では、「金融サービスを誰もが簡単便利に安価で享受できるようにする」という当初の使命以外にも、新しい期待がかけられているようです。その一つが気候変動対策を推進するためにFintechを活用するというもので、「Green Fintech」や「Climate Fintech」と呼ばれています。
金融×気候変動対策
気候変動対策を金融サービスの側面から促進するための新サービスが、欧米を中心に芽吹き始めています。表1はその一例ですが、これだけ見ても多様なサービスが展開されていることが見て取れます。また、欧米だけではなく日本でも、排出量計測サービスや非財務データベースなどの分野でスタートアップが成長しています。
※表1 Climate Fintechの分類(米New Energy Nexus,”CLIMATE FINTECH” における分類を参考に当研究所にて作成)
日本がGreenになるために必要なもの
特に欧州では環境団体やNGOなどの活動も活発で、市民の間に気候変動対策への強い課題意識が根付いているようです。そのため、EUタクソノミーなどの政府による制度構築やESG投融資も活発であり、経営戦略としての優先度も高い企業が多い印象を受けます。一方、日本では、この分野に感度高く対応しているのは一部の大企業のみで、上場企業の中でも有価証券報告書の対応など、必要最低限のコミットにとどまる企業が多いように思います。こうした日本の市場をGreenに傾けるためには、いったい何が必要なのでしょうか?
図1のように、気候変動対策の推進力をプレッシャー型とインセンティブ型に分類すると、今の日本企業の推進力はプレッシャー型に偏重しているように思います。多くの企業が有価証券報告書やコーポレートガバナンスコードによって「開示しなければならないから」やっているというマインドが強いようです。欧州のように従業員や顧客から、Greenな活動の要求が高まることが最も望ましいのですが、そうした自発的な動機づけがなかったとしても、もう少しインセンティブ型のインパクトが高まり、ポジティブな動機に基づくGreenな行動が後押しされるようになると、日本企業の「やらされている感」は軽減されるように思います。
図1 気候変動対策に係る推進力の分類
Fintechが世界をGreenにする
図1で示した気候変動対策へのインセンティブ型の推進力のうち、日本で機能しているものは、主にグリーンボンド※1やグリーン投資※2などの政府・金融機関等から与えられるインセンティブです。ここに、日本企業がGreenになりきれない原因があるのではないでしょうか?
政府や金融機関等が実行する投融資としてのインセンティブは、上場企業や一部のスタートアップには大きな恩恵となる一方で、その他の多くの企業に対しては何らの影響も与えられていません。ごく一部の企業にしか働かないインセンティブのみでは、日本企業全体がGreenへの温度感を高められないのも無理はありません。加えて、こうした金融商品としてのインセンティブは受け身の姿勢になりやすく、積極的な意識変革を起こすほどの強いインパクトを与えるには不向きです。
こうした現状を打破するための起爆剤となりえるのが、「Green Fintech」ではないかと期待しています。Fintechの最大の功績は、金融サービスのハードルを低くし、「このサービスを使った方が便利だ、お得だ」という体験を作ったことで、目新しいシステムを新たな日常として受け入れやすくしたことにあります。いつも使っているクレジットカードが、実はGreenな活動に貢献していたり、日頃のGreenな活動がポイントとして還元されたり。そういった経済活動が「日常」になった時、世界のGreen化に、Fintechが寄与できたと言っても良いのではないでしょうか。
日本でFintechが注目されてから8年でFintechが日常に溶け込んだように、気候変動対策において重要な転換点になるとされる2030年※3に向けた今後の8年で、「Green Fintech」が世界の意識改革、行動変容の促進を実現させることを期待しています。
※1 企業や地方自治体等が、国内外のグリーンプロジェクトに要する資金を調達するために発行する債券をグリーンボンドと呼びます。
参考)環境省グリーンファイナンスポータルhttps://greenfinanceportal.env.go.jp/bond/overview/about.html
※2 環境問題に配慮した経済活動への投資のこと。日本では「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」で「企業の脱炭素化投資を後押しする大胆な税制措置を行い、10年間で約1.7兆円の民間投資創出効果を目指す」などの目標を掲げています。
参考)経済産業省資源エネルギー庁https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/green_growth_strategy.html
※3 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は「1.5℃特別報告書」において「地球温暖化は、現在の進行速度で増加し続けると、2030年から2052年の間に1.5℃に達する可能性が高い。」とし、地球の温度上昇を1.5度に抑えるためには「世界全体の人為起源のCO2の正味排出量が、2030年までに、2010年水準から約45%(四分位範囲40〜60%)減少し、2050年前後に(四分位範囲2045〜2055年)正味ゼロに達する」必要があるとしている。