
「マネーフォワード Fintech研究所 瀧の対談シリーズ」の第5回目をお届けします。今回は、事業性評価や社会や技術の変化が加速する中で生き残る企業などをテーマに、マネーフォワードケッサイ株式会社 取締役会長の家田 明さんをゲストにお迎えしてお話を伺った内容をお送りします。
今回のゲスト: マネーフォワードケッサイ株式会社 取締役会長 家田明さん
1988年 東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、同年に日本銀行に入行。考査局、京都支店、営業局、金融研究所、金融機構局などを経て、2011年から2013年まで、鹿児島支店長。2016年に金融機構局金融高度化センター長に就任し、ITを活用した金融の高度化、リスク管理と内部監査、地域プロジェクト支援、金融機関の働き方など、金融機関のリスク管理・経営管理の高度化を支援。2018年に、マネーフォワードに入社。現在、マネーフォワードグループで企業間後払いサービスや売掛金早期資金化(ファクタリング)サービスなどを手がけるマネーフォワードケッサイ取締役会長。
はじめに
瀧さん)本日はお時間頂きありがとうございます。今回のインタビューは、家田さんの視点から見た事業性評価や、企業の成長スピードが加速した現代における100年企業とは等についてお伺いできればと思っております。
家田さん)はい、よろしくお願いいたします。
日本銀行に就職されるに至った経緯
(※以下、敬称略)
瀧)改めてなんですが、家田さんのこれまでのご経歴について、お聞かせいただけますでしょうか。
家田)私は、1988年に大学院を修了し、同年に日本銀行(以下「日銀」)に入行しました。大学院では物理学を専攻していたのですが、研究をする中で数理的な分析能力を日本経済に活かすことをしてみたいと思うようになりました。就職活動では、他にも商社などから内定を頂いていたのですが、現早稲田大学の岩村教授が、当時の日銀で私の面接を担当してくださり、面接中に数学のお話をずっとしている中で、日本銀行の使命や働かれている方が面白いなと考えるようになり、日銀に就職しました。
大学院で理系の学問を修めていた人間が日銀で働くというのは、当時異端だったかもしれません。90年代に入ってから、いわゆるデリバティブ取引という分野が始まりました。日銀は金融システムの安定性の確保が重要な使命なので、デリバティブ取引のような複雑な取引の理解を深めた上で、金融商品のリスク管理を先進的に行う必要がありました。ちょうどその頃、プロジェクトチームも新設され、私も90年代中頃からその部署に配属されることになりました。
当時はスワップやオプションなどプレーンな商品が対象でしたが、そのうちにクレジット・デリバティブなど信用リスクを扱った新しいデリバティブが台頭し、プライシング方法はどうするのか、リスク管理上の課題は何かということを議論や研究を進め、金融機関の方々とのコミュニケーションに活かしていくというような事を行っていました。
インタビューの様子(右下が家田さん)
瀧)当時の世相として、デリバティブ取引に対する懐疑論やデリバティブ市場に対するネガティブな偏見のようなものが見られたのでは、とも思うのですが、家田さんはどのように感じておられましたか。
家田)多くの人にとって、デリバティブ取引は「得体の知れないもの」だったというのは確かだと思います。そのため、金融市場を撹乱するものとして受け取っていた人はいた気がします。
一方で、これまでできなかったような新しい金融商品取引やオプション・スワップを利用することで、リスクヘッジが可能となったことも事実です。日銀としても時間をかけて社会的な理解を進め、次第に浸透していきました。
瀧)ありがとうございます。90年代に、日本における信用の値段などを研究されることになったキッカケとなった出来事をお伺いしたいです。
家田)必ずしも研究に直接結びついたきっかけと言えるかは分かりませんが、当時は日本の金融システムが不良債権問題で不安定となり、不良債権が山のようにできてしまった時代でした。単に担保を確保しておけばいいということではなく、「信用リスク管理をきちんとすべき」という意識が当時勃興してきたことが原因ではないかと思います。
瀧)なるほど。まさに今日のトピックは、融資の本質から不動産を取り除いたものが、この20年くらいでどのような変容をみせたのかをお伺いできればと思っています。
まずは、企業に対して融資を行う上で事業性評価をきちんとしていこうとする流れがある中で、97~98年頃の金融危機の前後で、この観点は本質的に変わったものなのでしょうか。それとも、本質的に変わったというよりは、単に事業性評価の精度が向上したと捉えるべきなのでしょうか。
家田)一連の不良債権処理の問題が発生する前の金融機関は、企業の財務諸表だけでなく、経営者とコミュニケーションをとりながら、属人的な要素をきちんと把握することができていたと思っています。しかし不良債権問題が発生し、金融庁の検査が厳格化し、金融検査マニュアルに沿った信用リスクのあり方が、金融機関の実務にかなり入り込むようになりました。
そのような背景から、企業の特性やコミュニケーションによって得た情報ではなく、金融検査マニュアルに依存する傾向になっていったのではないでしょうか。現在ではその巻き返しが起こっていると感じており、実際のマーケットにおける比較優位性などに基づいた事業性評価に戻ってきているのではないかと考えています。
瀧)かつて金融検査マニュアルがなかった頃、不動産を保有していない企業は財務の健全性や経営陣の資質などで評価をされていたと認識しているのですが、今後はそのような時代に逆戻りする可能性もあるということでしょうか。
家田)はい、私はそのように考えています。企業のキャッシュフローをきちんと見た上で、「工場はきちんと整備されているか」、「オフィスは整理されており、円滑な業務が遂行できる環境なのか」なども評価の要素の一つとして既に捉えられるようになっていていると思います。他にも、社員のSNSなどの発信情報から、融資先として慎重に検討した方が良いのではないかと判断される可能性もあります。もちろんSNSで発信する内容と融資が直接的に影響している事実は確認できていませんが、個人的には相関関係があるのではないかと思います。
瀧)やはり、オフィスがきれいで掃除が行き届いているということも重要なのですね。よく「スリッパに履き替える会社はよくない」という話や、「経営陣が虫歯の人には融資しない」という冗談めいた話を耳にすることもありますね。
家田)工場やオフィスなど、事業の拠点となる施設が「お客様を迎え入れる場所」としての役割を持つ場合、お客様が快適に商談などを進めていただく上で、「施設がきちんと整備または整頓されているか」というのはポイントになると思います。また、「自己管理ができていない人が、企業経営だけ高いパフォーマンスを本当に発揮できるのか」という観点から、清潔な歯の状態といった経営陣の自己管理能力も要素として考慮されることは、ある意味正しいのかも知れません。
瀧)とても面白い相関関係を見いだせる観点だと思います。組織として、質の高いキャッシュフローを創出していく経営者を組織として生み出す際の変数ではないかと理解しています。
家田)SNSなども有益な情報ツールになりえます。発信内容から、「経営者がどのような考えが根底にあるか」という予測も可能です。他にも、実際に計測ができるかはさておき、「就労上の悩みや病気を抱える従業員がどの程度いるか」という情報は、企業を評価する上で重要な情報になると考えています。
瀧)「社員のやる気」などの情報を人事評価に利用してよいかという観点は、欧州ではとても重要な議論の的になっています。何でも情報を利用できるという前提に立つと、人事管理サービスなどの企業が融資を行うということも可能性として考えられますね。
家田)そうですね。社員の企業に対する口コミを集計したデータを活用する「Open work(旧ヴォーカーズ)」のように、働き甲斐や職場の風通しなどの観点から企業を評価をするという例もあります。GAFAなどの海外IT企業が平均4.5点であるのと比較すると、日本の金融機関は高くても3.5点ほどだったので、驚きました。社員に対するケアをしっかりしている企業は、組織としても成長力があるという推定ができるのではないかと考えています。
企業の「目利き」をする力
瀧)なるほど。「100年企業」と呼ばれるなど、日本は企業のライフタイムがとても長い傾向にあります。人間よりも長く生きる文化というのが日本独特の特徴だと思う一方で、ベンチャー企業は数年後にはごく僅かな割合しか生き残れないというデータも存在します。長く続く企業と、新規産業を次々に生み出す企業という観点は、分けて考えたほうがいいのでしょうか。
家田)今存在している100年企業であっても、100年前にたくさんの企業が生まれた中から、ごく低い確率で生き残ったものだと思います。そのため、最近創業した企業も同様に、業界で生き残っていくことで長く存続する企業と認識されるのだと思います。
瀧)ありがとうございます。少し話題が変わるのですが、「町工場から日本の雇用の担い手として成長する企業を見抜く力は、銀行員と株式市場のどちらが上か」という哲学論争のようなものがあるのではないかと以前から考えています。もちろん学問上は答えが導かれているテーマだと思いますが、家田さんは目利き力が強い人材についてどうお考えですか。
家田)これまで市場になかったようなサービスを提供する会社の判断は難しいと思いますが、新しい産業を見極めてきた歴史から、銀行員の新しいビシネスに対する感度は高いと思います。生き残ってきた企業の中身について銀行が理解しているからこそ、これまで金融から日本企業の成長を支えてきたというのが私の理解です。
瀧)日本は、銀行が最後までファンクションを持っていると感じています。家田さんは、日本の金融システムをどのように見ておられるのでしょうか。
家田)創業から間もない企業は客観的な事実に基づいた評価が難しいので、自己資金や創業融資を利用する流れになります。その企業のビジネスモデルを金融機関の目利き力で判断して、融資が可能になっていくのではないかと思います。
企業の規模が大きくなると資本市場での資金調達が可能になります。最適な資金調達の構成として、金融機関と資本市場の2つのレイヤーから何らかの形でプレッシャーを受けることは、経営を律するという観点で意味があると思います。
瀧)純粋な資金ではなく、企業経営を律するという意味では、モニタリングの効果が銀行融資の重要な側面だと私も思います。将来性評価は、信用金庫や信用組合などの地域に根付いた金融機関が、今後も重要な役割を担うのでしょうか。
家田)銀行から融資が受けられない方でも、フェイス・トゥー・フェイスで金融業務を行う信用組合などの金融機関だからこそ可能な信用や事業性の測り方はあると思います。
瀧)私も同意見です。地方金融機関の統合が続く中、「共同組織」として信用金庫や信用組合が存続する意義は、依然として存在し続けると考えています。
家田)共同組織の金融機関が今後生き残る可能性は高いですね。それ以外の金融機関は、顧客と向き合い、寄り添うサービスを提供できれば、まだまだ可能性が秘められています。単に合併するのではなく、金融機関のあり方を再考することは必要になってくると思います。
瀧)金融機関のシステムや地理的な要因での合併というケースが多いと思うのですが、仰る通り、本来はお客様への向き合い方などを基軸として合併や協業を進めるべきなのかもしれないですね。
社会やお客様のニーズが変わっていく中で、それに合わせて経営や事業を変化させることは、短期的には信用リスクが発生するのではないかと考えています。「100年企業になるためには変化は必要だけど、5年後の融資を受けるために今は手を打たない方がいい」と考える経営者もいるのではないかと思うのですが、いかがですか。
家田)例えば金融機関の場合、3ヵ年の中期経営計画を作成することが多いのですが、それを10年先などもう少し長いタームで考えようという流れが検討されています。短期的な経営計画はもちろん重要ですが、10年~20年先の世界を見据えたときに自分たちはどうすべきかを考えることが、長期的な成長につながり、生き残っていく企業になるのではないかと思います。
これからの時代の「100年企業」とは
瀧)企業の意思決定のスピードや栄枯盛衰のサイクルが昔より短期化しているのと感じています。以前であれば100年企業だったものが、現在は30年企業に凝縮されているということはあるのでしょうか。
家田)それは考えられると思います。社会の変化に伴って、企業が変化していくスピードも加速していると感じています。私が子供の頃と比べても、どんどん新しいサービスが生まれていますし、サービス以外にも技術がどんどん進化していますから、今起きている変化にいかに対応するかという点が企業の大きな課題だと肌身に感じています。
瀧)ありがとうございます。実際に企業のサイクルが数十年前よりも早まっているとすると、会社の信用についても捉え直さないといけないのではないかと思います。時間とリスクが凝縮されているのであれば、我々は改めて時間などの概念をどのように考えればいいのでしょうか。かなり哲学的な質問となってしまいました(笑)
家田)かつては、「100年企業」と呼ばれるような大企業に就職し、出世するかは別として企業に対し忠誠を尽くしてきたサラリーマンが多数だったと思います。それも非常に合理的な選択肢ですが、今は世の中も企業も加速的に変化していく中で、自分の持っているスキルが、突然陳腐なものに感じてしまわれる方も多いのではないかと思います。そうすると、やはり新しいスキルや知識を積極的に取り入れ、自分のスキルを磨いていかないと結果的に苦しんでしまうということが、働く人ほとんどに共通する課題ではないかと思います。
また、企業が社会の変化に対応しなければならないプレッシャーが日々大きくなっていくという意味では、リスクプレミアムは大きくなって然るべきだと思います。そのリスクをどういう時間軸で見るかという点では、短期で社会に対応できる企業か、もしくは長期で対応できる企業なのかによって、投資の考え方は大きく変わるのではないでしょうか。つまり、短期的に対応できる企業には短期的な投資が行われ、長期的に対応できる企業には長期的な投資が集まっていくということです。企業としては、新しい試みを積極的に推進することで、社会の変化に対応できる可能性が増すのではないかと思います。
瀧)ありがとうございます。現在の新型コロナ感染拡大における影響というのは、家田さんがこれまで経験してきた中で、どのように感じていますか。
家田)私がこれまで経験したことのないショックだったと思います。例えば不良債権問題で金融システムが大きく揺らいだ際にも、私は日銀で問題の深刻さをより近く感じられるポジションにいましたが、それでも直接自分に影響する問題ではないという意識が、国民ひとりひとりにあったと感じています。一方で今回のコロナは、ダイレクトに生存のリスクが全国民に一定程度存在するわけなので、改めて多くの国民が事の深刻さに直面しましたよね。それに加えて、経済活動に大きな制約が加わったため、国民全体の問題として意識されたという点で、インパクトの大きさにつながったのではないかと思います。
家田さんがご関心のある分野
瀧)最後に、家田さんが今ご関心がある分野について教えてください。
家田)もともと日銀にいたときから、中小企業の方々が金融機関からなかなか資金調達が得られないという問題を解決したいと考えていました。そこで金融機関以外の民間企業が融資事業を行うことや、いわゆるFintech企業が金融機関と協業することで、これまで資金繰りにお困りの中小企業に新しいサービスを提供できるのではないかという思いで、マネーフォワードに入社しました。それは今も全く変わっておらず、中小企業の資金繰りをサポートする取り組みを行いたいという思いから、マネーフォワードケッサイで金融機関の方とも一緒になってこの分野を盛り上げていきたいと思っています。
瀧)本日は、なかなか普段伺えない内容をたくさんお話しいただきました。ありがとうございました。
家田)こちらこそ、ありがとうございました。
※今回のゲストの家田さんの最近の寄稿等は以下からご覧いただけます。
「偽装ファクタリングに注意 コロナ禍で注目される資金調達手段、ファクタリング」/ITmedia ビジネス Online/2020年9月29日掲載
「コロナ禍における中小企業の資金調達とファクタリング」/MONEYzine/2020年11月11日掲載