BOE(イングランド銀行)は本年6月20日、同銀総裁の指示で金融の未来についての計147ページに及ぶレポート “Future of Finance”を発表しています。
同レポートは、元BOE上級顧問であるHuw van Steenis氏に委嘱された形をとり、300人以上の起業家や投資家、政策立案者などへのヒアリングに基づいて、今後10年間でBOEが中央銀行として遂行すべきアジェンダと、未来の金融がどのような役割を持ち、英国経済に役立つものとすべきかという提言を含むものとなっています。
内容は、テクノロジーの進歩と人口動態の変化、地球環境の変化により新しい経済圏が誕生する中で、今後10年間で金融サービスのデジタライゼーションが加速度的に進むと予測しています。更に、P2P融資の市場が更に拡大していくことなどにも触れています。そしてBOE、FCA(金融行動監視機構)などの規制当局や、金融機関に向けて、デジタルエコノミーに適した金融システムを創出するための重要項目を9項目にまとめています。
その後、このレポートを受けて、同年10月にはBOEから “Our response”として、具体的に取り組む課題などのコメントを出しています。本ブログでは、まず、6月に公表されたレポートを3回に分け、推奨項目の要約と、BOEからのコメントも最後に併せてご紹介します。
“Future of Finance”における9つの検討推奨事項
① 決済基盤の未来像を形作る
英国では現金取引が10年前から半減するなど、決済習慣の変化に伴って、そのインフラの抜本的な戦略変化が必要となりました。BOEは、現金と電子決済双方のロードマップを策定する“National Payments Strategy Council(国家決済戦略委員会)”を設置し、キャッシュレス施策を検討する必要があります。大手の銀行は、長期的に現金に伴うサービスを提供するために、政府の財政的支援が必要となるかなどの検討を事前に行うべきと考えられます。
また、BOEは決済サービスが複雑化し、規制も困難化するのに対応し、次世代の決済法制の検討を推進すべきといえます。決済はビッグテック企業や新規参入企業の最も関心が高い分野の一つであることから、規制の階層化や、それが包括的な監督として機能しているか、その運用の簡素化が図られているかを重視する必要があります。
更に、内外における決済インフラの頑健性を確保することが重要です。顧客はシームレスで信頼性が高く、低コストで安全な取引を求めており、BOEはこの要望に応えることが期待されます。また、新たな電文標準化やデジタルトークンの開発といった領域でも国際的な先端に立つことが望ましくもあります。また、法定通貨の裏付けがない暗号資産は、価値の保全や交換にあたっての期待には応えられないと考えます。一方で、本レポートの検討の段階では、中央銀行の発行するデジタル通貨に関する有用性は、法的な不確実性、技術的なスケーラビリティ、現状の決済システムの課題改善からの現実逃避を招くこと等により明確化することができませんでした。
② 現代的な金融インフラを提供することによるイノベーションの推進
BOEは多様な決済手段の提供を可能とするインフラを導入する必要があります。同銀はG20の中でも最初に、Fintech企業に口座開設を認めた中央銀行でもありますが、今後とも、新規参入者がBOEのインフラや、既存の決済システムにおける口座情報APIへのアクセスが推奨されます。理想像としては、決済法制における階層的な規制のあり方と、高い基準による標準化が推進されていくことがあります。
家計や企業がデジタル・エコノミーの恩恵を享受するためには、高いレベルのデジタルな本人確認基盤が不可欠です。本人確認のコストが高ければ、金融サービスは高コスト化、提供範囲が限定される事を意味します。本来、この分野はBOEの業務範囲を超えるものですが、デジタルな本人確認において英国が後れを取る中で、金融サービスへのアクセスを容易にするほか、サイバー犯罪の抑制及びコストの削減を可能とする面でも、BOEはこの議論をリードするべきと考えられます。オランダや北欧で用いられているはデジタル本人確認基盤では、金融機関との協力のもと構築されており、75~90%の普及率を達成しています。現状、この数値は英国内では5%未満となっています。
このような基盤を作るためには、パスポートや運転免許、社会保障番号や納税者番号といった国民ごとの識別が可能なデータベースと、何らかのデータソースを組み合わせることが必要です。その際には政府がその本人確認性の責任や信頼性を再評価する必要があるほか、追加的に金融機関がその中で果たす役割も重要なものとなります。
業務効率化を図る上で、クラウドの活用も課題の1つです。クラウド技術は、規制当局や金融機関の期待に応えうる成熟レベルにまで至った中、ビジネスにおける俊敏な対応やイノベーション促進が可能となりました。現状、世界の大手の銀行業務の25%程度がクラウド上において行われているとされますが、マッキンゼーの調査によれば今後10年間で業務量ベースでは40~90%がクラウド化・ソフトウェア化に移行する可能性があるとされます。
BOEは他の金融当局と協力し管制塔となる検討会を設置し、現状及び今後の規制プロジェクトがITや業務面に及ぼしうるリスクの全体像と、イノベーションへの影響を把握すべきと考えます。当局間が異なる要請を行うことは、コストとリスクにつながり、長期的なIT投資も困難とします。当局間で情報が適切に共有されることで、新たな制度への理解やその困難さの軽減へとつながることが期待されます。
③ 標準化と仕様の策定
機械学習に基づく自動化された意思決定は、金融サービスにおいても広く活用されることが見込まれます。しかし、金融業は顧客データの利用制限が最も厳しいセクターの1つであり、ソーシャルメディアなどの新たなデータセットや、データ分析・データサイエンスの変化に応じたルールの修正が必要となります。プライバシーの保護とアルゴリズムの責任ある活用は世界の金融業にとっても大きな話題である中で、英国は金融分野で引き続き先端をけん引するべきと考えます。
BOEとFCAはワーキンググループを設置し、AIの倫理原則を策定するフレームワークを整備する必要があります。その際には、公平性、説明責任、透明性、セキュリティと、責任ある利用といったテーマが随時、改訂に向けて取り入れられるべきといえます。同原則は、商業銀行・投資銀行および保険業をカバーするものであることが理想である他、FMSB(債券市場基準委員会)が策定中のAIに関する基準等、他の同様の取り組みも参照することが推奨されます。
データの標準化とそのプロトコルは堅牢かつ柔軟な金融システムの基盤になるものであり、イノベーションの促進やマーケットの拡大、事業の効率及び効果の飛躍的な向上を可能とするものです。オンライン上やプラットフォーム上で生成される個人及び事業のデータのポータビリティは、例えば融資業務に活用されることで、より広範にフェアかつ効率的に信用創造が行われるようになります。現状のオープンバンキングにおける最大のメリットは、個人ではなく、事業側にあるのかもしれません。BOEは銀行以外の領域においても、APIを活用したデータ共有の促進を行い、信用情報の拡充を支援することで、個人や中小企業が幅広い金融サービスにアクセスすることを推奨します。ヒアリングによれば、中小企業金融に向けた有効な対象として、税務申告データを、企業の認可の下で活用すべきという意見が多く聞かれます。