ゲスト対談:現代におけるマッチング理論とマーケットデザインの活路~前編~(経済学者 小島武仁さん)

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「マネーフォワード Fintech研究所 瀧の対談シリーズ」の第6回目をお届けします。今回は、マッチング理論やマーケットデザインを専門に研究されている経済学者で、東京大学経済学部教授、東京大学マーケットデザインセンター センター長の小島武仁さんをお迎えしました。経済学者になるまでの経緯やこれまでの研究テーマ、また現在取り組んでいるマッチング理論についての社会課題に対するアプローチなどを、前後編に分けてお届けします。

(今回の対談はオンラインにて2020年1月19日に実施したものです)

今回のゲスト東京大学経済学部教授、東京大学マーケットデザインセンター センター長 小島 武仁さん

2003年東京大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学部より2008年 Ph.D.(博士号)取得。イェール大学でのPostdoctoral Associateを経て、2009年からスタンフォード大学Assistant Professor(助教授)、2012年にスタンフォード大学にてテニュアとなり、2013年スローンリサーチフェローに選出。2013年7月よりAssociate Professor(准教授)、2019年11月よりProfessor(教授)となる。2020年より東京大学教授、東京大学マーケットデザインセンター センター長。主な研究領域は、人やモノ・サービスをどう引き合わせるかを研究する「マッチング理論」とその応用分野である「マーケットデザイン」。

はじめに

(以下、敬称略)

瀧)今日はお時間をいただきありがとうございます。小島さんとは、スタンフォード時代に同じマンション棟に住んでいたのですが、10年後にまさかこういう形でお話しができるとは思っていなかったので、とてもうれしいです。

今日は、小島さんの経済学者としてのこれまで、現在センター長を務めている東京大学マーケットデザインセンター(以下センター)で研究されている内容、マッチング理論によって解決できる日本の社会課題について、いろいろ伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。

小島)よろしくお願いします。

経済学者を目指されたきっかけ

瀧)まずは学生の頃や、経済学者になった経緯についてお聞かせください。

小島)学生の頃から経済学者になろうと思っていたわけではないのですが、元々学者という職業には興味がありました。父親が農学の研究者だった事もあって、身近な職業だった事も要因かもしれません。

中学時代に「エヴァリスト・ガロア」というフランス革命期の数学者の伝記を読み、数学者がいいなと思っていました。ただ当時を振り返ってみると、何となくかっこいいという程度の憧れだったんだと思います。

彼は革命のさなかに投獄されるなど、革命家でもある数学者なのですが、恋人を巡って決闘をして20歳で死んでしまうんですよ。しかも決闘する前日、友人に「この(未発表の)研究理論を君に託す」という手紙を残しているんです。このエピソードは中二病そのものですよね(笑)。

瀧)(Wikipediaを見ながら)友人に宛てた手紙に、研究理論だけでなく「僕にはもう時間がない」というメッセージも残しているのが格好良いですね。

小島)今でも中二病心が刺激されますね(笑)。少年期はこうした伝記をよく読んでいました。しかし数学を学びたくていざ大学に入ると、自分に大きな影響を与えた事が二つありました。

一つは、若い頃から才能に溢れた人が多く、同じ土俵で戦うのは無理なんじゃないかなと感じた事、もう一つは数学に憧れていた高校生の頃よりも視野が広がり、色々な分野に興味がでてきた事です。数学以外にも視野を広げたときに、社会で発生する出来事を論理的に理解し整理する事に興味を持ち、経済学を研究したいと思うようになりました。

(オンライン対談の様子 小島さん(写真左)と瀧(右))

瀧)小島さんは、僕が出会った中では最も数学ができる人だと思っているのですが、そんな小島さんでも挫折をするものなんですね…。

小島)はい。東京大学には数学者や物理学者になるような有望な人がたくさんいました。僕は神童タイプの人間ではなかったので、周りの環境に怖気づいていたんだと思います。また、何となく数学への憧れはあったのですが、今思い返してみると、「本当に面白い」とは思っていなかったのかもしれません。そうした理由から、数学的な要素がある経済学に興味を持ち始めました。そのため、元々は理系として大学に入学したのですが、途中から経済学部に変更しました。

瀧)専攻を経済学に変えた頃に、東京大学のミクロ経済学教授である松井彰彦先生と出会われたのでしたっけ?

小島)そうですね。僕が大学で数学を学ぶ事に悩んでる時、経済学部の友達から松井先生が執筆されたミクロ経済学の本を借りた事が経済学を本格的に志すきっかけになりました。

数学から経済学に転向し、留学されるまで

瀧)梶井厚志先生と松井彰彦先生が執筆された「ミクロ経済学 戦略的アプローチ」でしょうか。僕も応用ミクロ経済学を学ぶ時に最初に手にした本の1つでした。絵面はかわいいんですが、内容的にはなかなか中身が濃いぞと思ったんですよね(笑)。

この本に、1つのアイスクリームを2人で取り分けるという交渉をする場合、アイスがゆっくり溶けるなら、最初から二等分すればお互いの利益が最大になるという事例が紹介されています。言われてみれば当たり前の事なのですが、子どもがよく親から「半分こしなさい」と言われてきた事に、理論的な裏付けがあったのだと感動した記憶があります。

小島)そうです。相手が理不尽な条件を要求してきたら断るべきなのですが、お互いが自分の利益を追求しようとするなら、結局は早い段階で等分することになるというものです。日常の世界では常識的なのですが、数学から導かれているという点では、驚くべき結果ですよね。このようなゲーム理論は経済学に応用される先駆けとなるものです。前述の松井先生は、私が大学にいた当時は40歳くらいでとてもよく面倒をみていただきました。松井先生が楽しそうに研究内容を話されていて、ゲーム理論に興味を抱くようになりました。

瀧)そういえば大阪大学准教授で経済学者の安田洋祐さんも小島さんとご同期でしたよね・・・。

(安田先生と瀧。ご本人から利用許諾をいただきました)

合江)これは・・・なんですか?

瀧)コロナ禍になる前に安田さんとお酒を飲んだ時の写真です。密ですね。

小島)安田さんは高校の同級生ですね。大学の頃の彼は金髪だったり、海外の大学院に留学するなど、目立った存在でした。学年が進むにつれて交流を持つようになり、自然と彼が留学した次の年に僕も留学する事になりました。

瀧)Ph.Dを取得する時は、どのような研究をされていたのですか。

小島)当初は基礎理論を研究する予定で、ハーバードの大学院に入学したのですが、優秀で頭がよさそうに話す人が大勢いる事に怖気づいてしまいました。そんな時に、どのように物や人を適材適所に配置するかという、経済学の基礎的な理論を実際に社会に応用する「マッチング理論」と出会い、興味が湧きました。以降、現在までマッチング理論を中心に研究をしています。

マッチング理論についての研究

瀧)小島さんがハーバードで取り組んだ研究についてお聞かせください。

小島)これまでのマッチング理論やマーケットデザインの研究では、完璧なシステムやメカニズムを追究してきたのですが、実社会においては理論的に不可能な事がたくさんあります。例えば、ボストンの公立高校における生徒の志望校の振り分けについてです。

瀧)初学者でもわかるように、解説をお願いできますか。

小島)この問題は、現在はマッチングメカニズムが活用されているのですが、当時そのシステム導入に関わっていたのが、僕がハーバードにいた頃に教鞭をとられていたアルヴィン・ロス氏らでした。マッチング理論は、適材適所に人を配置する事を目的としており、なるべく皆の希望が叶うように振り分けて配置する事が望ましい訳です。

ボストンの公立高校では、学生が志望高校に入学できない事が地域の課題でした。アメリカの高校は義務教育ですが、地域の教育環境に格差があります。日本と同様に志望校が選択できるので、どの学校を選ぶかは生徒にとって重要です。

それまでのボストンのシステムは、生徒に志望校調査表を書いてもらい、第一志望校として指名された高校の志願者数を集計し、高校の近所に住んでいるかなどの優先順位に従って入学を受け入れます。そこで不合格となった人は、第二志望校の定員が空いている枠に優先順位の高い学生の順に配置するという方法が採られてきました。

ところがこの方法には欠陥があります。例えば、ある学生が本当はA高校が第一志望なのですが、A高校は人気があり不合格になる可能性が高いため、第二志望のB高校を第一志望と回答するという戦略をとります。皆がその戦略を実行してしまうと、本当はそれほど望んでいない第二志望や第三志望の高校に合格する学生がたくさん出てきてしまう事態となっていました。

この問題に対して、入学者を振り分けるシステムに問題があるとアルヴィン・ロス氏らは考えました。そこで、第一志望のA高校に落ちてしまい、第二志望のB高校で選考される際には、第一志望がB高校の人と総合して選考するというシステムに変更しました。すると、学生が余計な戦略を考える必要がなくなり、学生のマッチング率が向上しました。

瀧)この発想は学校の入学だけではなく、企業の採用などにも深く関わるテーマだと感じます。世の中には、職種に憧れやキャリアビジョンをもって入社する人たちがいます。一方で、「総合職」といった形で入社し、どこに配属されるかわからないというケースがまだ多くあり、場合によってはそのまま20年以上働く場合もあります。マッチング理論は、雇用側も働く側も納得がいく結果に導く可能性がある学問なのかなという気がします。

小島)重要なポイントだと思います。私がセンター長を務める東京大学マーケットデザインセンターでも、社会実装が可能なテーマを検討していますが、その中でも企業の人事は非常に社会的に重要と位置づけて研究を進めています。例えばあるスキルが求められる部署と、様々な要望を持つ従業員をどのようにすり合わせていくのかという点に注目しています。

瀧)ふと気になったのですが、プロ野球のドラフト制度とマッチング理論は関係ありますか。

小島)重要なマッチングのテーマであるのは確かですが、今のところ顕著な成果は出ていません。ドラフト制度は様々な形態があり、特にプロ野球のドラフトは球団の経営力や選手獲得に向けた球団側の思惑などもあるため、マッチングの実装が難しいテーマです。将来性の高いアスリートに獲得希望が集中したり、どの球団にドラフトの第一希望枠を使うのかを戦略的に考えるのはかなり大変ですね。

実はドラフト制度はスポーツチームに限らず様々なところでも使われているんです。例えば、ハーバードビジネススクールでは学生が授業を選択する時にドラフト制度のような方法を採っていました。

瀧)どの先生に授業を教わりたいかというアンケートは、スタンフォードのビジネススクールにもありました。

小島)ビジネススクールでは、授業の人気と不人気が明確に分かれがちで、優秀で魅力的な先生に受講希望が集中します。そのため、受講を希望する生徒を振り分けなければなりません。

ハーバード大学でこの問題についての研究がありました。ハーバード大学では2000年代の中ごろまで、数百人程の生徒が調査票に受講したい授業を希望順で記入し、プロ野球のドラフトのように希望順で受講する申請を何ラウンドにもわたって行うという方法を採用していました。すると、ボストンの公立高校の事例と同様に自分が受けたい授業をとるための戦略を立て、お互いの意図を読み合う結果となっていました。しかし、それは本来学生が受講の希望を叶える目的を達成する上で、効果的ではない事がわかってきています。

瀧)スタンフォードのビジネススクールでの受講アンケートの場合は、優先ポイントを1人につき2つ持っていて、必ず受けたいと思う授業にそれを2つ入れれば希望が叶いやすいという仕組みになっていました。1講座について2つまで優先ポイントを入れる事ができ、1つだとやや受講できる可能性があり、0だと人気授業の希望は恐らく通らないといった形で、生徒がどの授業を取りたいかを決めていました。

そういえば、その頃の写真が見つかったのですが・・・。

(スタンフォード大学におられた頃の小島さん(写真右)と瀧(左))

合江)これは・・・何ですか?

瀧)留学中に小島さんと痛飲したであろう写真ですね。

小島)懐かしいですね。とても酔っていたのであまり記憶がないのですが(笑)。確か瀧さんが日本に戻るタイミングで、部屋にあるお酒を全て空けるという飲み会でしたよね。

写真を見るとお互いかなり酔っていますね(笑)。

先程の話に戻ると、スタンフォードのその方法はかなり良さそうですね。ただその方法も、生徒がどう優先ポイントを使うか戦略的に考える必要があり、効果的に運用されていないという点が最近問題視されているようです。

ちなみにハーバードビジネススクールの事例を調べた学者が中心となり、学生が戦略的な読み合いをする事なく、どの授業を受けたいかを数字で報告して、システム上で計算を自動化した例があります。これは、経済学で言う、「顕示原理」(後述にて解説)に似ています。これまでは、どうすれば最も自己の利益が守られるかという戦略が必要となっていましたが、最近はシステムを用いる事で、ユーザーからどこに配置されたいかを聞き、後はシステム上の計算に任せるという方法に移行しつつあるようです。

瀧)自分の利益に対して戦略を考えなきゃいけないという話の例として、経済学者で現代ゲーム理論の祖であるジョン・ナッシュ氏の半生を描く「ビューティフル・マインド」という映画を思い出しました。映画の序盤で、ナッシュ氏が仲間と飲み屋に行き、複数対複数のシチュエーションで女性とのマッチングを考察する場面があったんですけど、僕はあの場面があまり理解できなかったんです。

小島)ジョン・ナッシュ氏は最近までご存命で、時折カンファレンスでお見かけしたので直接そのシーンについて伺えばよかったですね。映画的な脚色があるので、僕もよくわからない点が多いですが、あのシーンの意図は、ゲーム理論の「囚人のジレンマ」をイメージしているのではと思います。

「囚人のジレンマ」とは、2人の囚人が共に黙秘をすれば減刑されるという条件のもと、一方が自白すると自白した者の刑が軽くなり、自白しなかった者の刑が重くなる。ところが2人共自白をしてしまうと、2人とも罪を認めた事になり本来の刑が執行されるというものです。

映画では、男性グループの全員が、女性グループのうちの特定の1人の女性に声をかけたいわけですが、皆で声をかけるよりも、あえてその女性に声をかけず、他の女性にばらばらに声をかけた方がいいという理論を表現したいのかなと思いました。つまり、実はみんなが自分だけに有利な行動をとると、社会全体にとって望ましい結果が起こりうるという事を説明したいのかなと思います。ただ、理論として正しいかは疑わしいですし、多分実際のナッシュ氏はそういう事は言っていないのではと思います(笑)。

瀧)ありがとうございます。社会では、限られた枠に対してできるだけ成果の期待値が高い順に割り当てを行う場面があります。もちろん全員が納得をする事は難しいですが、それでも選択を進めなければならない事ってよくありますよね。

弊社の個人向けお金の見える化サービス『マネーフォワード ME』は、ユーザーが「家計の支出を管理しよう」という目的でサービスを利用しますが、支出の裏側には、ユーザーそれぞれの理由に基づいた選択があります。その選択が、ちゃんと自分が納得できる内容に改善していく事で、家計をもっと守れるのではないかと昔から考えています。また、自分で納得できる支出にしていく過程で、最適解をアルゴリズムが決めてくれる事は、いずれ有効な手段の一つになるのかもしれないと感じています。

小島)それは面白いですね。先程の映画の例ですが、皆が納得するマッチを探す事が大切であるというところに関係があるなとも思いました。

私が研究しているマッチングも本質的に同じです。先程のボストンの事例のように、学校や保育園の入学は全ての希望が叶えられるわけではないため、できるだけ多くの人が納得できる案を提示する事が重要です。例えば、自分の方が優先順位を高く申請したのに、自分より優先順位の低い人の希望が叶えられてしまう事に対して納得する事は難しいですよね。そこで我々は、納得感のあるシステムの構築を目指しています。資源に限りがある中で、どこかで諦めなければならない場面はあれど、前向きに納得できる形を考える事が重要だと考えています。

~前半の記事はここまでです~

後編では小島武仁さんの現在のご研究や、マッチング理論がどのように社会に影響を及ぼし、今後活用されていくのかなどのテーマでお話いただいた内容をご紹介します。後編はこちらからご覧いただけます。

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