ゲスト対談:現代におけるマッチング理論とマーケットデザインの活路~後編~(経済学者 小島武仁さん)

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前回はマッチング理論やマーケットデザインを専門に研究されている経済学者の小島武仁さんとの対談記事の前編をご紹介いたしました。今回はその後編として、マッチング理論が社会にもたらす影響や、現在の研究テーマなどについてお伺いした内容をお届けします。

※前編の記事はこちらからご覧いただけます。

マッチング理論が社会にもたらす影響

(以下、敬称略)

瀧)ところでちょっと僭越なお願いなのですが、小島さんのこれまでの研究の代表作について、改めて聞かせていただいてもよろしいでしょうか。

小島)マッチング理論を基にメカニズムを作る際、実際の世の中には様々な事情があり、既存の理論ではそうした事情が想定されていない場合が多くあります。私は実際に世の中にある事情を考慮した上で運用可能なメカニズムを構築したいという思いのもとで研究をしています。

具体的には、私の研究は、皆が正直に情報を申告する事で、メカニズムによる完全なる解決は保障できないものの、概ね皆が納得する解決が可能となるのではないかというものです。

マッチングメカニズムは不可能性定理が多く、マッチングをする上での効率性や、人間が嘘をつく行為の原因を無くす事を考慮した場合、それらを全て満たすメカニズムは存在しないという事が分かっています。既存の理論ではその結論で終わってしまっていますが、メカニズムの構成を見直し、細かく調整する事でマッチングの精度が向上する事を証明しました。

瀧)ちょっと通ぶって背伸びした質問をしたいのですが、それは、アローの不可能性定理の延長線上の議論なのでしょうか。

小島)仰る通りです。20世紀の経済学で最重要人物といわれるケネス・アローという学者がおり、彼は政治における投票などにおいて、社会の物事を皆で決める事ができるかという方法を研究しました。結論としては、正しい投票が成立するために必要な条件を全て考慮すると、条件を全て満たし、かつ望ましい結果が見込める方法は存在しないという結果に至り、これを不可能性定理として発表しました。

発表された1950年代当時においてそのインパクトは非常に大きく、民主主義の限界の議論にまで発展しました。21世紀になった今、同様の課題をマッチング理論によって解決できないかという研究を進めています。マッチング理論においても不可能な事はあるのですが、実用的に上手く運用するためには何が必要かを研究しています。

瀧)「不可能性定理」は言葉のインパクトも強いですね。「不可能」と聞くと、一般的には、非建設的な思考になってしまう人が多いような気がします。課題に対処する前に諦めたり、人を攻撃して解消する手段をとってしまう人間の思考を、小島さんの研究によって建設的な方向へ進歩させる事ができるのではと思いました。

小島)はい。そのようにありたいと思います。エンジニアリング的な発想や、運用できるシステムを作るという考えは応用的な課題の解決に必要だと思います。応用的な課題の解決に向けたマーケットデザインやマッチング理論の研究は世界中で進められている分野です。私達も、課題となる事例から様々な条件を加味すると、何ができるようになるのかという研究に取り組んでいます。

日本への帰国と現在の研究について

瀧)さて、やっと現在の話までやってまいりました。この度、アメリカから日本に帰国された理由などをお伺いしたいです。

小島)留学まではずっと日本に住んでおり、友人も家族も日本にいましたので日本での研究は以前から興味があったんです。しかし優秀な研究者がアメリカに集中しており、私の研究分野においては世界中でスタンフォード大学が一番先進的だったので、もう日本に帰らないだろうと思う事もありました。

ただ、様々なタイミングが重なり、妻も学者ですので、2人で納得いく仕事を探さなきゃいけないという状況になりました。そんな時に東京大学が2人同じ時期に選考してくださる事になったんです。それに加え、研究内容や条件面について、今までは希望が叶わなかった事も配慮いただきました。私だけでなく他の研究者も、東京大学に様々な条件を配慮いただいて研究できる様になり、日本でも研究者の生産性を向上できる環境に変化しつつあるのではないかという安心感が生まれています。

瀧)それは素晴らしい変化ですね。ところで、小島さんはこの度、新しく設立された東京大学マーケットデザインセンターのセンター長に就任されましたね。研究機関をあえて大学の中に置く意義についてお聞かせください。

小島)研究者個人ができる研究範囲は、とても限定的だなと感じた事が背景にあります。特に、実際にメカニズムを実装する場合には、予算や多くの方に関心を持っていただく事が必要となってきます。その場合、個人よりも、組織として動く事が必要ではないかと思いました。そこで、センターを大学内に置く事で研究の信用力を高め、皆さんに興味を持ってもらう事ができると考えています。他にも外部の研究員の方を招いたり、政策担当者や企業の方ともお話しできるようになったというメリットもありました。これらの考えから、効果的な実装を行う上で、大学内にセンターのような組織があった方が良いと考えています。

瀧)小島さんの現在の研究の柱としては、「労働市場」「教育・保育」「オークション」「災害・医療」の4分野で進められているのでしょうか。

(オンライン対談の様子 小島さん(写真左)と瀧(右))

小島)はい、当面はその4分野を中心に、興味や必要に応じて加減しようと考えています。労働と教育の分野に関しては、今後社会課題に対して何か提案ができる可能性が高いと考えています。災害の分野は研究をする上で未だ不明確な点が多いものの、例えば新型コロナウイルスワクチンや医療資源の配分など、人道的な問題について研究をしています。

瀧)災害の分野について、具体的な研究内容をお聞かせください。

小島)災害分野は長期的な研究を続ける必要性が高い領域なので、社会解決にすぐに役立つ良いテーマが見つかりにくいのが正直なところです。直近の研究としては、例えば災害時は物やお金を配分する必要がありますが、実際に避難所に支援物資をどのように分けて届けるかの判断はとても難しいため、マッチングによって改善できないかという研究があります。その他にも、仮設住宅の提供や運用に関する研究を2011年から取り組んでいます。

瀧)仮設住宅はいつ誰が入り、出ていくのかという問題や、入居者が従事する産業、居住者の年齢を考慮してどのように入居させるのが適切かという問題がありますね。その際、意思決定者の誰かが優先度や値を決める必要がありますが、その決定に不満が集まりやすい側面があると思います。直近ではコロナ禍において、飲食店に対する行政の意思決定についても注目が集まりましたね。

小島)そうですね。様々な背景や条件を考慮し、解決策を見出す事が難しいのが現状です。そのような課題に切り込む事が重要ですが、例えば、仮設住宅の例では、元々住んでいた家の大きさや家族構成は人によってばらばらなので、一般的なマッチングの応用が難しい事が背景にあります。

保育園の入園に関する問題

小島)災害に関する課題以外にも、保育園の入園においても同じような問題がありました。保育園の場合は、園児の年齢によってどれくらい保育士が保育する時間が必要かが異なるため、マッチングが難しい課題でした。しかし、それぞれの園児にどの程度の保育士が必要なのかというアドバイスを行うだけでも保育の効率が向上し、より多くの人が保育園に通え、課題を改善できる事がわかりました。

瀧)私の娘の場合、2019年4月に0歳児で保育園に入れたんです。0歳は一番手がかかるので、住宅密集地である近くの保育園は無理だろうと思っていたのですが、入園先の第10希望くらいまでのうち、第2希望の保育園に入園できる事になりました。0歳の枠に空きがあったようです。一方で1歳児の受け入れ枠はなかったようで、保育園全体の懇談会で他の年齢の園児の保護者から驚かれました。この時、保活はもうちょっと改善できるのではと思ったんですよね。

小島)本来、親御さんに保活を強いるのは酷だと思います。やはりシステム側で改善できるようなデザインにしないといけないと思います。

瀧)システムやメカニズムによって問題が改善したり、震災時に自分よりも必要な人が仮設住宅に入った事が把握できれば、皆が納得する世界に近づくのかもしれません。

小島)仰るとおりですね。現状は定員が空いた枠に適切に配置できていないケースが多い事が問題です。私は、例えば保育園で定員に空きができた際には、定員がいっぱいになっている他の年齢の園児の枠を自動的に充てられないかと考えています。不公平感をなくし、限られた保育資源をなるべく無駄なく利用するというのは、公的にも重要だと思います。

瀧)不可能性定理を解消するには、皆どこかで納得する事が必要だと思います。納得する結果に向けて、一人ひとりがもう一歩努力する事が必要なのではと考えています。

顕示原理について

瀧)私の経済学部時代の経験なのですが、大学のゼミの教官であった池尾和人先生は、ゼミの途中でメカニズム設計の基本原理である「顕示原理」に触れた時に、一言「これは天才です」とだけ仰いました。ただ、その理由についての説明が全然なかったんですよね。池尾先生が天才と言う表現を使ったのは、後にも先にも聞いた事がなく、すごい重要な原理なんだなという印象だけが残りました。でも、何がすごいんだかわからなかったです(笑)。

小島)その感覚は共感します。顕示原理は、皆さんが持つ情報や趣向を提出してもらう事だけで望ましい結果を達成できるという原理です。例えば、「このリンゴが欲しい場合は手を挙げてください」などのコミュニケーションを全てメカニズムに任せるだけで結果が出る訳です。ある意味で、要素を積み上げて数学的な証明をする事に似ているので、言われてみると当たり前の理論なのですが、なんだかだまされた気がするという原理です。天才というのは仰るとおりです。

瀧)顕示原理は誰が最初に考えたんですか。

小島)ロジャー・マイヤーソン氏です。オークションにおいて最適な売り方を研究した人で、彼が最初に提唱したのだと思います。

瀧)経済学ではやたら天才という言葉が使われますよね。例えば、ジョン・ナッシュがプリンストン大学の博士課程に入学する際の推薦文が、「この男は数学の天才である。」だけだったんですよね。

小島)ナッシュ氏、マイヤーソン氏など、ずば抜けている人が時々出てくると感じますね。ただ、現代の科学では、天才ではなくても貢献できるというある意味優しい世界だと思います。

本来は特にアカデミックではない問題や課題に対し、科学的や論理的に論拠を示した形で行動経済学も発展してきたと考えています。

瀧)より多くの人が、経済学によって「社会に顕著な成果が現れるか」や「日本経済を成長させるか」など、身近な社会課題に注目する事が必要ではないかと思います。我々に身近なトピックとして、私はどこかでプロ野球をマッチングで改革したいなと思っています(笑)。

小島)野球ですか(笑)。マネーフォワードが野球界に進出する構想があるのですか。

瀧)いえ、今のところはありません。ただ、サッカーチームとして横浜F・マリノス、コンサドーレ札幌、アビスパ福岡とのパートナーシップを締結しています。ちなみに、スポンサーの決定についてマッチングを活用する事はできるのでしょうか。

現在、経営難で新しいスポンサー契約ができず、運営的に苦しいチームも出ています。そこで一つの例なんですが、スタジアムの命名権、チーム名やユニフォームにプリントされるロゴなどをどのように売っていけるのかも課題だと考えています。このような試みでサッカーチームの収益を最大化が実現されれば、今後様々な企業とのコラボレーションの可能性も広がると思っています。

小島)

面白いですね。ユニフォームのロゴなどのライセンスはオークションのマッチング要素が強いと思います。2020年ノーベル経済学賞を受賞したポール・ミルグロム氏とロバート・ウィルソン氏も電波周波帯のライセンスでオークションの研究をされているので、今後何か活路があり得るかもしれませんね。

瀧)そうですね。少々定義が不明確なマーケットなので応用できるのではと思いました。

本日は、小島さんに貴重なお話を伺う事ができました。お時間をいただきありがとうございました。

小島)ゆっくりお話できて楽しかったです。ありがとうございました。

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