ゲスト対談:日本におけるフィンテック推進の経緯とこれからに向けた期待~後編~(元金融庁総務企画局長・元日本銀行理事 池田唯一さん)

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前回は、今年5月に当社Fintech研究所のアドバイザーにご就任いただいた元金融庁総務企画局長・元日本銀行理事の池田唯一さんに、金融庁や日本銀行でのお仕事やFintechの取り組みなどについてお話を伺いました。今回は、その後編として、日本におけるイノベーションのあり方や、金融機関及びFintech事業者に求められる役割などについて伺った内容をお届けします。

日本的なイノベーションのあり方

瀧)新しいサービスを提供していくときに、根底からサービスを変えてしまうことを「破壊的イノベーション」と呼ぶことがありますが、一方で、既存の金融機関に大きなショックを与えずに徐々に世界のレベルに合わせていくようなアプローチは、いわゆる「漸進的なイノベーション」といった呼び方をします。池田さんは、そのどちら寄りのご理解をお持ちだったのでしょうか。

池田)難しい質問ですが、さすがに破壊しようとは思っていなかったと思います(笑)。ただし、IT化が急速に進み、家計にしても企業にしても、金融サービスに求めるニーズは大きく変化していたし、今後も大きく変わる可能性が高い中で、金融以外の業界は大きく変化するだろうと考えていて、ひょっとすると、そのような世の中の大きな変化に金融だけが取り残されるような懸念を持ったわけです。金融は非常に大きな装置産業なのでなかなかフットワーク良く改革できないとか、安全性の観点からも変化に対しては慎重じゃなきゃいけないとかいう面もあるのだと思いますが、金融業界が金融以外の業界に迷惑をかけたり、不便を与えてしまったりすることは避けなければならないと思ったのです。金融業界の人たちが自ら積極的に破壊しようとしなくとも、今までと同じことをやっていては金融の外の人たちのニーズに応えられなくなり、自ずから崩壊していくだろう、と考えていました。

当時想定したよりは、時間軸は少しゆっくりになっているわけですが、それでもそうした状況は根本的には変わっていないと思います。

瀧)実際の金融界では、例えばインターネット・バンキングがなかなか使われないとか、諸外国に比べてデビットカードが普及しないとか、既存の金融機関のサービスがなかなか変わらない中で私どもには何ができるのだろうか、といった悩みはあります。

池田)欧米の金融機関は、リーマンショックによって相当大きなダメージを受けていたし、その結果、金融機関と顧客との関係も相当なダメージを受けたわけです。そうした中で、金融市場や金融業が根本的に変わっていかなければならないという危機感が大きかったのだと思います。

他方で日本では、金融証券市場などには一部混乱はあったわけですが、金融機関や金融サービス自体は維持されていたので、リーマンショック後は、必ずしも欧米のように破壊されたところからのスタートではなかった。そういう意味では相対的に金融界の危機意識が乏しかったのかもしれません。

瀧)日本ではほとんどの人が銀行口座を持っているし、多くの人は住宅ローンを借りることがそれほど難しくないという中で、日本の金融サービスにはそれほど問題がないからFintechなどを推進する必要はない、というような言い方も時々される中で、海外ではもっと政治的に変革を推進するような動きを作っているようにも感じます。

私が時々読み直すのが2000年に英国で発表された「クルックシャンク・レポート」なのですが、このレポートの根底にあるような既存の金融に対するフラストレーションやイノベーションに対する燃えるような温度感といったものが日本ではあまり感じられない中で、我々としては、やるべきことを地道にやるということなのかな、といつも思ったりしています。そのあたりはどう思われますか。

池田)どうなんでしょう。ただ、金融以外の世界がデジタル・トランスフォーメーション(DX)していくスピードをみていると、リーマンショックによる直接の大きな打撃こそなくても、日本の金融の周りでは確実に変化の兆しが現れているし、金融界の人々がどう考えようとも、間違いなく金融の外からそうした変化は生じてくると思っています。

(オンライン対談の様子 池田様(写真左)と瀧(右))

銀行APIについての評価

瀧)銀行APIについてはどう評価されていますか。

池田)オープンAPIの制度的な成果については、厳しい意見も含めて色々な指摘が各方面からされていると思いますが、少なくとも参照系については大宗の銀行でAPIがオープン化されたということで、それは大変大きな成果だと思います。当時、オープンAPIを推進するにあたって、EUは法令で義務付けたが日本は義務付けという手段を講じないのかという議論もあったと思います。関係者には色々なご苦労もあったのかもしれませんが、結果的に義務化したのと変わらないようなオープン化を実現したというのは、大変大きな成果だと思います。

ただ課題がないかというとそうではなくて、APIがオープン化されたことを受けて、その基盤整備の進展をどうやって多様な金融サービスにつなげていくか、その取り組みについてはまだまだ色々な可能性が残されているのだと思うんですね。

また、これから企業サイドでDXが急速に進んでいくと、当然企業自身のシステムの中に金融的な機能も取り込んで顧客サービスを提供していきたいというニーズが企業サイドで高まっていくことが考えられるわけですが、そうした企業サイドひいては顧客サイドのニーズに金融機関がきちんと対応していけるのかという観点で考えてみると、まだオープンAPIについては課題も多いと思います。そういう意味では、参照系だけでなく更新系のオープンAPIも進めていかなければいけないし、さらに言えば銀行分野だけでなく、証券や保険の分野などにも拡げていかなければいけない、と思います。

決済インフラ整備とCBDC

瀧)決済まわりの話についても伺いたいと思います。ここ2〜3年の決済インフラ整備の議論や最近のCBDCも含めて、色々な議論が出てきていることの背景や評価について教えていただければと思います。

池田)決済の高度化についても基盤的な整備はそれなりに進んできました。例えば、家計分野ではキャッシュレス決済の拡がりや金融機関における24時間365日決済の実現、また企業分野でも金融EDIの実現など、取組みの成果は相応にみられていますが、こうした基盤的な整備を土台にしてさらに魅力あるサービスを提供していくという点では、まだ工夫の余地が大きいように思われます。

家計分野にしても企業分野にしても、インターネット・バンキングの利用率はまだまだ低いし、キャッシュレス決済も拡がってはいるが、多くがポイント付与に支えられているようなところが見受けられて、真に持続的な決済手段として定着してきていると言い切れるのかどうか、よく見守っていく必要があると思います。

海外の変革のスピードは想定したよりはゆっくりとはいえ、決して動きがなくなっているわけではないので、日本でも、改革のモメンタムが止まらないように、着実に、かつスピーディーに進めていく必要があると思います。

CBDCについては、日本銀行の理事として決済も担当しておりましたが、当時、必要な調査・研究を着実に推進していくという方針のもとで取り組みを進めたわけです。日本だけでなく他の多くの先進国でも同様だと思うのですが、現金に対する国民の需要はいまだに強いものがある。これは足元でも大きく変わっていないと思います。また、CBDCの発行には、セキュリティの関係を含め、なお多くの技術面の課題が指摘され、さらに、プライバシーの問題や高齢者・地域などにかかるデジタル・ディバイドの問題もしばしば指摘されています。そうしたことを踏まえると、現時点で直ちに CBDC を発行するといったことは現実的ではないと考えています。

ただ、デジタル決済に対する国民の意識は、時代とともに大きく変化していくことが考えられるし、デジタル技術の進歩も大変早い。もし来年、紙のお札がなくなると言われたら、おそらく大半の国民が違和感を持つだろうと思いますが、例えば世代が一つ進んで20年後のこととして考えたら、ひょっとすると世の中の全てがデジタル化されて、紙として残るのはお札だけという状況になっているかもしれない。そうなった時には、CBDCに対する国民の考えは今と同じではない可能性が高いと思います。状況が変化して国民がCBDC を求めるようになった時に初めて検討を開始する、といったことでは許されないだろうと思ったわけです。今後ありうる様々な環境変化に的確に対応できるように、CBDCに対する調査・研究は怠りなく進めていくべきだというのが私の当時の考えで、この方針は、今の日本銀行においても維持・強化されていると思います。

瀧)最近、CBDCについて日本銀行の関係者とディスカッションすることが何度かあったのですが、民間から積極的に情報を得るスタンスが感じられます。私などはそういうディスカッションのところで貢献できればと思っています。

池田)CBDCの発行の問題は、単に決済の問題にとどまらず、いわゆる通貨主権のあり方や、金融政策、金融システムの安定性などにも関わる大変大きな問題であるわけです。さらに言えば、単に金融だけの問題でもなく、デジタル時代における社会のありようにも関わる問題であるということを考えると、幅広い観点での議論と調査研究が必要ということだと思います。

瀧)おっしゃるとおりで、例えばプライバシーの問題などは日本銀行での議論にとどまらない、広範なコンセンサス作りがとても難しい問題だと思っていまして、そうした点で、広範な議論や取り組みが必要になってくるものだと思います。

池田)一口にCBDCと言っても、どういう形態で、決済のどの階層で、どういう風に使われるのかなどにより、随分と制度設計が違うし、社会や経済に与える影響も違ってくるわけです。そういったことも含めてよく調査・研究していかなければいけないと思います。

金融機関に求められる役割

瀧)今後、金融機関に求められる役割と、当社を含むFintech企業に求められる役割はどんなことなのでしょうか。まずは個別の金融機関が、金融サービスを提供していく上で、全体としてどのような役割を担っていくべきなのかについてお聞きできればと思います。

池田)これまでの金融機関、あるいは広く金融業は、多くの店舗網や人的・資本的資源を投入して、顧客の標準的なニーズに対応したレディーメイドの金融商品・サービスを大量に組成・販売するビジネスが主流だったのではないかと思います。しかし、IT化と少子高齢化の進展に伴って、顧客のニーズは非常に多様化してきているので、これまでのようなことでは許されず、金融機関には、様々なニーズにきめ細かく対応していくことが求められるようになってきていて、また、そのようなサービスが提供できるかどうかが金融機関の優劣を決めることになってきているのではないかと思います。

そういう中では、店舗網や人的・資本的資源の重要性は相対的に低下してきていて、一方で、IT技術や顧客接点・情報などのウェイトがこれまで以上に大きな意味を持ってきていると思います。

こうした状況に適応するためには、IT技術を活用した顧客接点や情報の活用を金融機関自らが充実させていくことも考えられるでしょうが、オープン・イノベーションのような連携が重要になるでしょうし、それも金融の世界の中だけにとどまらず、金融と非金融の間での連携・融合ということも重要になるのではないかと思います。

もう一つ、日本では高齢化が急速に進んでいますが、高齢者の関心は健康、医療・介護、レジャーなど、いずれも非金融分野のニーズです。高齢になるにつれて、お金をどんどん増やそうというニーズは弱くなり、むしろ今あるお金をいかに安全に保って、老後をつつがなく暮らすか、ということを考えるようになります。つまり、相対的に非金融分野の関心が中心になってくる中で、金融の分野の関心が下がってくるわけです。しかしながら、非金融分野のニーズの裏には必ず金融サービスが付随しています。金融機関としては、サービス提供者の目線で顧客の金融ニーズを無理に引き出そうとするのではなく、非金融に端を発して現実に存在している顧客の金融ニーズにきめ細かく対応していくことがこれまで以上に重要になってくるのではないでしょうか。そういう意味では、金融分野と非金融分野との連携・融合がこれまで以上に求められていくのではないでしょうか。

Fintech事業者に求められる役割

池田)金融機関以外のFintech事業者に関して、そのスピード感については大変魅力的で、共感を持っています。今後は、人々の幸福(welfare)につながる目に見えた成果をそろそろ本格的に出していくべき時期になってきていると考えています。そうしたことができないと、これまでのFintechの流れが一過性のものに終わってしまうことにもなりかねません。今が正念場だと思います。

それと同時に、金融や決済は、信用や信頼を裏付けにした一つのネットワークと考えるべきで、これを維持していくために、長年にわたって大変多くの努力が積み重ねられてきていることを忘れるべきではありません。これまでの取り組みもあって、日本においては、金融サービスに対する顧客の要求水準はきわめて高くなっていますが、これは金融業に対する顧客の信頼が高いことの裏返しではないかと考えています。そうした状況下で、仮にある企業が何らかの大きなミスを犯せば、一企業におけるただ一回のミスがその企業のレピュテーションを決定的に毀損するのみならず、ネットワーク全体の損失にもなってしまいます。単に一企業の問題に止まらないわけです。

繰り返しになりますが、Fintech事業者の皆さんのスピード感には大いに共感を覚えているのですが、企業として、また業界全体として、「信頼」の重要性だけは忘れてはならないと思います。

瀧)最後の「信頼」については、個社としてセキュリティをどう高めるかという当たり前の宿題ではありますが、同時に、新しいアイディアやサービスを持っているだけでチヤホヤされている場合ではないと数年前から思っていて、「ベンチャーだからといってセキュリティはベンチャーレベルであってはいけない」とも思っています。

一方で、ベンチャー企業がイノベーションを生み出すことができるように、FISC(金融情報システムセンター)などがベンチャー企業にとっても使いやすいセキュリティのあり方を定めていく取り組みも、まだまだ必要なのではないでしょうか。まさに、個別の企業としても業界全体としても、「信頼」を失わないための取り組みが必要なのではないかと考えているところです。

池田)既存の金融機関とFintech事業者には、規模一つをとっても大変大きな差があります。オープン・イノベーションはその間を取り持つことでイノベーションを進めようという取り組みであり、そのために行政としては、色々な制度整備や法改正作業などに取り組んできたわけですが、それでも、その二つの業界を単に繋げようとしてもなかなか繋がらないことが多い。そこで、両者の間に立つ、中ぐらいの規模や事業スタンスを持った中間的な存在があって、その中間者が金融機関との間で連携を進めることができれば、そうした中間者の存在が触媒になって金融機関と金融機関以外との連携も全体としてもっとスムーズにいくのではないか。もっと小さなFintech事業者にとっても金融機関とのつながりを拡げていきやすくなるのではないかと思います。

行政当局にとっても、非常に多くのFintech事業者の全てと建設的な対話をすることはなかなか現実的に難しいわけなので、そういう中間的な存在は、制度整備や政策を推進していく際にも重要なのではないかと思います。そうした意味で、マネーフォワードのような、金融機関と金融機関以外の間を取り持つような機能を提供する企業に期待される役割は少なくないのではないでしょうか。

瀧)金融業と金融以外の産業との真ん中にいる存在というと、法律家や金融庁もそうかもしれませんが、最近、米国などのembedded financeにおいては、銀行とイノベーションを起こす事業者との間を取り持つような「エネーブラー」といわれる事業者の存在感が高まっています。

そうした異なる産業の間を取り持つ機能を提供するものとしては、協会や法律といった存在もあると思います。そのような「かけ橋」のような存在に当社がなれるかどうかはわかりませんが、業界全体として、そうした存在の構築にも努めたいと思います。

本日は長時間にわたって色々なお話をくださり、ありがとうございました。今後とも、マネーフォワードFintech研究所のアドバイザーとして、様々なご助言をいただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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