ゲスト対談:日本銀行 副島さんに金融の歴史とこれからを聞いてきた~後編~(日本銀行 副島 豊さん)

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「マネーフォワード Fintech研究所 瀧の対談シリーズ」の第11回目の後編をお届けします。日本銀行金融研究所長の副島 豊さんをゲストにお迎えし、中編では、現代日本のマネーシステムが明治期以降どのように形成されてきたか、多様なマネーシステムがかつて存在し、現代をマネーシステムの再揺籃期として副島さんがどのように捉えられておられるかについて伺った内容をお届けしました。後編では、「プログラマブルなお金」に関するお話や、人間学を活かした金融政策などについて伺った内容をご紹介します。

中編の記事についてはこちらをご覧ください。

新たな金融システムの誕生と多様性

ある種のビッグテック企業に対する批判とDeFi(分散型金融)に向けた動きが進んでおり、それぞれが「自立した社会を生きるという強い意思決定ができる個人」を想定してサービスが生まれてきていると感じています。そのような強い自立が求められる社会を生きていくのは、感覚的に大変ではないかと思うのですがいかがでしょうか。

副島

そうですね。DeFiのようなマーケットが大きくなってくると、既存の金融システムとの繋がりや安定性の観点での検討が必要になってくるというのがありますね。例えばビットコインは、ビットコイン自体の力によって世の中に普及したように思いがちですがそれは間違っていて、外の世界からお金が流れ込んでくるからこそビットコインの価値が上昇するわけです。

また、ビットコインでも現金でもそれ自体が価値を持つことはなくて、財やサービスとの未来の交換価値が価値の根底にあります。ビットコインのような財サービスとの交換性が低いものは必ず既存の法定通貨や預金のような伝統的なマネーに戻す必要が出てきます。暗号資産のようなシステムがある程度大きくなってくると、外との繋がりという点で金融の不安定化要因になりうるのかもしれないと思っています。

一方で、例えばDeFiのような新しい金融システムから数多くのイノベーションが生まれていることも事実で、そこから新たな金融サービスとしての技術的なヒントやビジネスにおけるアイデアが生まれる可能性を秘めているのだと思います。私はこのような新しいマネーや金融システムが生まれていく過程での試行錯誤も必要なプロセスなんだろうなと考えています。

ありがとうございます。見方によっては錬金術のような世界で、色々な人がお金持ちになりたいというモチベーションも相まって試行錯誤を続けていると思うのですが、ある程度信用の仕組みというのも試し尽くされているような気がしています。今までであれば、例えば地球規模の自然災害や国家の破綻などを伴わなければ経験することがなかったような金融システムなどの変革的な動きが、現代は発生しやすい状況なのかもしれないと思うのですがいかがでしょうか。

副島

仰る通りだと思います。2020年にセキュリティトークンのサーベイ論文を書いたのですが、セキュリティトークン自体はプライベート・ブロックチェーンとして伝統的な金融プレイヤーや金融規制下にある団体が行っているものです。一方で、パブリック・ブロックチェーンの世界でどんどん生み出される技術がこうしたビジネスに応用されているというのは、錬金術が化学の発展に貢献したのと似ているのかもしれません。ガバナンス面では、もちろんプライベートとパブリックを分け、その長所短所を考えていく必要があると思うのですが、負の側面に配慮しつつ、新たな技術を生み出し、それをビジネスモデル化する多様性を認めていくことは必要なのではないかなと思っています。

(対談の様子: 副島さん(左)と瀧(右))

プログラマブルなお金とエンベデッドファイナンス

本日は「プログラマブルなお金」についてもお話をうかがいたいと思っています。例えば、全銀ネットにZEDI(全銀EDIシステム)が連携することで、「企業が請求業務を行う際、デジタルインボイスがZEDIデータに基づいて、入金消込されるような世界」が実現しうると思っています。広く見た際に、全銀ネットそのものがある種のプログラマブルな形になる要素を秘めていると理解しています。お金がプログラマブルに変容していく中で、副島さんはどのあたりの領域が最初に変化するとお考えでしょうか。

副島

私は2つアプローチがあるのではないかなと思っています。一つはイーサリアムのようにお金に情報を付随させることです。デジタルトークンの特徴である情報処理機能をトークンに付帯させる方法がそれですね。預金や有価証券はデジタルな残高として管理され、トークンのような「あるまとまり」があるマネーや有価証券に処理機能のための情報を載せるという発想はありませんでした。別の情報システムが送金や譲渡の処理を担うのがふつうです。

もう一つは既存のマネーシステムに併用する形で、新たに情報システムを構築して連動させるという方法です。こちらはマネーそのものには何も情報は載せないのですが、「どのようなマネーか」という情報をマネーシステムとは別途のシステムに設けるもので、ZEDIはこちらに該当すると考えています。ZEDIではマネーは何も動いておらず決済指示と付随情報を伝達する仕組みに過ぎないのですが、日銀ネットにある中銀マネーに対して決済指示と同時にZEDIを経由して色々な情報をやり取りできる機能が実現したため、情報の受け手の側で経理処理などに活用することができるというものです。これは「プログラマブルマネー」ではなく、どちらかというとmoney with information for business processingというカテゴリとして展開していく物になると思います。

黒田日銀総裁が2021年3月のFIN/SUMにご登壇した際、「マネーシステムと情報処理システムは今後統合されていくのではないか」という内容のお話をされたと思います。例えばクーポンアプリに決済機能を付けたサービスは現在までにも多く見られていますが、これも情報処理システムにマネーの機能を付けたものと整理することができますよね。このようなアプリのマネー機能の裏側は既存の銀行が発行するプリペイドカードやデビットカードのシステムを埋め込むという「エンベデッドファイナンス」の形をとっており、伝統的な金融システムがマネー機能を担っているといえるわけです。

このように既存の金融システムを情報処理システムと連動させることだけでも、十分にユーザーにとって便利なサービスを構築できるという事が分かります。このことから、「プログラマブルなお金」としては2つのアプローチがあるのではないかと考えています。

どちらの運用コストが低いかという観点では、先程事例を出したようにエンベデッドファイナンスの方が提供しやすいと思っています。銀行預金という広く普及しているマネーがあり、これを活用しながらユーザーへのコスト負荷もどんどん減らそうという取り組みが現在行われています。そこでは、家計や企業に対するサービスとして情報処理システムを構築し、これにマネーシステムを連動させることの方がスムーズです。情報処理システム側を構築する自由度も高いのではと考えています。

企業においてもあらゆる商取引には必ずマネーが伴うので、マネーを管理したり移転する際に情報処理とマネーの処理が同時発生するのですが、従来の情報処理システムにマネーシステムを連動させていくほうが進めやすいのではないかと思っています。だからこそZEDIの活用が検討され、どこに普及のハードルがあるのかという議論が行われているのだと思います。前者の「プログラマブルマネー」の場合は新しいマネーを浸透させる手間が必要で、マネーインフラを新たに構築する必要があるので、エンベデッドファイナンスモデルの方が浸透しやすいのではと思います。

マネーシステムについては、それなりに最適解に近いものが今あるものなのかなという気がしています。革命的なシステムの改革ではなく、今あるシステムをアレンジすることで課題を解決できるのかもしれないと考えさせられますね。

「人間学」を活かした今後の金融政策

徐々にまとめのテーマでお話をうかがえればと思うのですが、ここまでのお話を振り返ると、2000年前後位で日本銀行の業務自体にある種のデジタル・トランスフォーメーションが起きてきた中で、今後は社会への理解を深めたり、細かな機微に配慮した政策の余地が出てくるのかもしれないと思っています。今までは期待値ベースで扱ってきた政策テーマを、これからは現実的に分解して分析を細かく行うことも可能になってくるのかもしれないと思うのですが、副島さんはどのようにお考えでしょうか。

副島

私が瀧さんのご登壇やご講演を伺いに行く目的の一つは、Fintechサービスというのは「人間学」の要素がとても強く、そこに人間や組織、社会を学ぶ手掛かりが沢山含まれていると感じているからなんですね。もちろんITを扱っておられるのでIT企業というカテゴリにはなるのかもしれないのですが、ビジネスのコアを拝見していると「人がどのように考え、どのように行動するのか」ということを、細かく精緻に分析してビジネスに活かしておられると思っています。それについては、プロダクトの構造であったり、UIやUXの観点でも同じことが言えます。金融市場というかなり合理的な人間を想定してよい世界で通用する理論や仕組みが、ふつうの人間や組織の思考や行動にそのままは適用できないなと考えることがあります。

このような経済学が未だ到達していない領域であり、かつサイエンスとしての「人間学」の要素を日本銀行としても金融政策等に活かすことができないかと日々考えています。

ありがとうございます。真面目なお話は概ねお聞かせいただけたと思っておりまして、さいごにご趣味のサーフィンのお話を最後にお聞かせいただけたらと思っています(笑)。

(対談の様子: 副島さん(左)と瀧(右))

副島

なるほど。一つ面白い話があって、日銀で人工知能に関する論文を出したのは私が初めてだったと思うのですが、研究してたのは1995年頃でした。1980年代にバック・プロパゲーションの発明による第二次AIブームが勃発し、その限界が見えて冬の時代に突入した後でした。論文は公表されましたが全く注目されず、今般のAIブームが到来しなかったら私の論文は黒歴史のようなものになってしまっていたのかも知れないです。最近になって「これはサーフィンと同じだな」と思ったんですね。

サーフィンは波の手前側でしか波に乗れません。波の後ろ側では通り過ぎた波のピークが岸に打ち寄せていくのを眺めている事しかできないんです。沖側のうねりをよく観察して、育ちそうな波を早く見つけてその波に乗る準備をしておくのかということが大事なんですね。。なので、波の到来のタイミングとその大きさを観察して「今だ!」というタイミングで全力でパドリングするのが研究においても重要なんだなと思いました。

ありがとうございます。副島さんだからこそ伺えたお話もたくさんありましたし、ユニークな視野を持たれている所長も、そこで働かれている副島さんの部署の方々も素敵だなと思いました。本日はお時間をいただきありがとうございました。

副島

楽しかったです。ありがとうございました。

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